まほろば
テレビ画面には、元気に歌い踊るカガリの姿があった。
アスランがカガリのファンになって初めて参戦したライブのDVDだ。
アスランはファンのなかでは新参者だ。
遅れた分を取り戻すように買い集めた過去のコンサートのDVDや写真集、生写真を眺めては指折り数えた初の生のライブ。
その何もかもがアスランの魂を揺さぶった。
ステージに立つ生のカガリを見て、彼女の声を聴いて、彼女が実在するのだと改めて実感した。
繰り広げられるSEDのパフォーマンス、熱狂的なファン達の完璧なコール、SEDとファンが共に作り上げる会場の一体感に、鳥肌が立った。
今まで知らなかった世界。
それからSEDのライブは、何気ない日常を送るだけだったアスランに、夢を見せてくれる場所になった。
時計を見て、そろそろ時間だなと思ったとき、ちょうどインターホンが鳴った。
アスランはDVDを停止させると、立ち上がって自室を出て玄関に向かう。
「やあ!アスラン」
扉を開けると、笑いながら片手を挙げるキラと、俯きがちのカガリが居た。
「どうぞ、あがって」
「そうだろうとは思ってたけど、君の家凄いね。豪邸じゃない」
廊下を歩きながら感心したように視線を巡らすキラとは対照的に、カガリを俯いたまま言葉を発さない。
その姿に心が痛むが、アスランは気が付かない振りをした。
「今日は両親がいないから、リビングでいいか。そっちのほうが広いから」
「それはもちろん。でもアスランの部屋どんな感じなのか見てみたいんだよね。後で案内してよ」
「駄目だ」
「え、何で。君のことだもん、綺麗に整理されてるんでしょ」
キラの言葉を聞き流して、アスランは二人をリビングルームに案内した。
土曜の午後、大きな窓からは明るい陽光が差し込んでいる。
そのリビングの広さに、キラは感心したようにため息を吐いた。
「テレビおっきいね。それに凄い音響機器。こんなとことでゲームやったら最高だろうね」
「ゲームをやるために来たんじゃないだろう」
その言葉通り、リビングルームのテーブルには既に数冊の参考書が置かれていた。
―――来週レポート追加で出さないといけないんだ
―――そうか
―――あのアスラン、もし…、時間あったらレポート仕上げるの手伝ってくれたら助かるんだけど…
一昨日のカガリからの電話、受話器から聞こえるカガリの声は細かった。
身体を固くしながら、アスランの様子を伺っているのが分かる。
―――キ…っ、キラも今度予備校の模試があるらしくて、アスランに勉強見て欲しいって言ってて!
―――分かった
二人の勉強を見ることを、アスランは了承した。
ほっとカガリが緊張を緩めたのが受話器越しから伝わってきた。
いつもと違うのは、場所をアスラン自らヒビキ家ではなくアスランの家に指定したことだ。
「カガリ、そこの証明が違う」
アスランの静かな指摘に、シャープペンシルを持つカガリの手が、ぴくりと動きを止めた。
「そこはAじゃなくてBだろう」
「あ…、ごめん」
謝りながら、カガリは間違った箇所を消しゴムで消す。
気持ちのいい初夏の午後だというのに、リビングルームの雰囲気はよそよそしかった。
固い空気のなか、キラだけが軽口や冗談を飛ばす。
カガリとアスランの間には、必要以上の会話はなく、交わされるのは淡々とした事務的な話だけだった。
不器用なカガリには、その場を上手く誤魔化すことが出来ない。
アスランはそれをよく知っている。
「さて、と」
一通り問題を解き終わったキラが小さく伸びをすると、がたんと音を立てて立ち上がった。
「頭使ったからなんか甘いもの食べたくなってきちゃった。ちょっとコンビニ行ってくる」
「キラ。この近くにコンビニは無いぞ」
アスランの家は住宅街で、周りに店は無かった。
「適当に探すよ」
「お前、そんなこと言って、さぼる気だろう」
「酷いな、アスランは」
アスランの指摘に、キラは苦笑した。
「まあ、ちょっと気分転換したいかな」
床に置いてある鞄から財布と携帯電話を取り出す。
「そんなわけで、アイスでも買ってくるよ。それに…僕は別に、今日アスランに勉強教えてもらおうと思ってなかったから、今日は付き添いみたいなものだし」
そう意味深に言うと、キラは軽い足取りで部屋を後にした。