まほろば




憧れのスターに実際会って、幻滅したという人はどれくらいいるのだろう。
街で偶然見かけたり、仕事を一緒にすることになったりして、自分が画面を通して見ているその人が、意図的に作られたものだと理解して、夢から醒めてしまう。
その人が本当はもの凄く性格が悪かったり、我儘だったり、理由は様々だが。
SEDでの握手会でも、メンバーに対して感じが悪く対応が良くなかったという声が上がることもある。
しかし、カガリの場合は全く逆だった。
知れば知るほど彼女に惹かれていく。
光に反射して輝く金髪。
すべすべとした瑞々しい肌。
長い睫。
手を伸ばせば容易く触れてしまえる距離にあるカガリの横顔を、アスランはばれない程度に盗み見していた。
英語のレポートに奮闘しているカガリのまつ毛が、なめらかな頬に濃い影を落としている。
SEDの仕事で多忙ななか、週に一度はこうして勉強会をするようになって二ヶ月が経っていた。
カガリは頑張り屋なのだとアスランはつくづく思う。
勉強など、手を抜こうと思えばいくらでもできるのに、勉強に真面目に取り組んでいる。
画面から感じていたとおり、アイドルとファンとしてではなく、だたの高校生同士として接するなかでも、カガリはまっすぐでひたむきだった。
そんな彼女を応援したいと思って、アスランはカガ担になったのだが、カガリのひたむきさは画面の外では尚更顕著だと実感している。
アイドルとしてのたゆまぬ努力をしているカガリは高飛車なとことが一切なかった。
最初はがちがちに緊張していたアスランだったが、カガリが気さくに話しかけてくるので、なんとか普通に雑談が出来るようになっていた。
もちろん内心は大声で叫びたくなるくらい興奮しているのだが。
クラスメイトの女子達とは何を話していいか分からないのに、カガリとは会話が途切れることはないのが不思議だった。
もしカガリがSEDでなく、普通のクラスメイトだったとしても、自分は彼女に惹かれていただろうか。

「・・・これ、結構難しいな」

数分間無言でテキストと睨めっこしていたカガリだったが、諦めたという風に顔を上げた。

「それ、先週説明した構文を使うんだよ。覚えてる?」

「なんだっけ・・・」

そう呟くカガリの表情が浮かなくて、アスランは遠慮がちに訪ねた。

「カガリ、疲れてるのか?」

カガリの肌は相変わらず輝くように綺麗なのだが、いつもの内から溢れ出るような生気がない。
アスランにはその原因が何とくなく分かっていた。

「ドラマの撮影してるんだよな、仕事の合間に台詞も覚えなきゃいけないし、大変だよな」

そう言われて、カガリはのろのろとアスランに視線を向けた。
一カ月前から始まったカガリ初出演のドラマは、人気男性アイドルグループのメンバーが主役の青春学園物だ。
ヒロインは最近注目株の若手女優で、カガリはその親友役だ。
元気で明るく、主役二人の恋を応援する役所である。
今が旬の若手が勢ぞろいしたこの青春ドラマは今季一番の話題作だったのが、いざ放送が始まると思いのほか視聴率は振るわず、先週の放送ではゴールデンの時間帯にも関わらずなんと視聴率が一桁を記録してしまった。
もちろんアスランは毎回リアルタイムで視聴しつつ、録画も撮り、ブルーレイも全巻予約済みだが、カガリが出演している以外に何一つ取り柄のないドラマだと思っている。
若手俳優たちの演技は悪くないのだが、いかんせん脚本が酷い。
意味の無い無駄なシーンばかりが多く、登場人物の行動も唐突で、出演者たちが気の毒になるくらいだ。
しかし、出演者達は脚本のせいだと感嘆に割り切ることはできないだろう。
責任感が強いカガリのことだ、きっと自分を責めているはずだ。
ドラマ初出演となら尚のこと。

「全然だ、まだまだ頑張らないと。皆の足を引っ張るわけにはいかないし」

「そんなことない。カガリはよく頑張ってるよ。俺はドラマを毎回楽しみにしてるんだから」

「アスランは本当に優しいよな、ドラマなんて興味ないくせに、私が出演してるからちゃんと観てくれて」

アスランは本心からそう言ったが、カガリは寂しそうに笑った。

「私の出てるドラマ、あんまり評判良くないみたいでさ」

一度言葉を切った後、カガリは俯いて言葉を続けた。

「それで先週脚本の大幅な変更があったんだけど、私、キスシーンすることになったんだ」

あまりの衝撃に、アスランの頭が停止する。
天真爛漫なカガリが、キスシーン?
そんなことをするくらいなら、ドラマなんて出演しなくていい、自分だけのアイドルで居て欲しい。
ほとんど唇を動かさずに、アスランは尋ねた。

「誰と・・・?」

カガリが口にした名前は、他校にいる主役のライバル役の若手アイドルだった。
目下売出し中の男性アイドルグループの主要メンバーでノリが軽く、アスランの嫌いなタイプの男だった。

「私はキスなんてしたくないのに、話題を作るには一番良い方法だからって」

ドラマのなかでは今のところ、カガリとそのアイドルとの接点はほとんどない。
脚本の筋も流れも無視した、話題作りだけが目的なのは明らかだった。

(許せない・・・)

カガリをそんな風に利用するだなんて。
唖然とし、次第に怒りが湧き上がってきたアスランだったが、不意に近づいてきたカガリが、そのままアスラン肩に顏を埋めてきたので、心臓が飛び上がった。

「カ・・・っカガリ?」

「アスラン」

きゅっとシャツを握って、カガリが顔を上げた。
潤んだ瞳、蒸気した頬。
互いの顔は十センチも離れていない。

「え・・・あ、の」

やばいやばいやばいと頭が警鐘を鳴らすのに、金縛りにあったように体が動かない。
固まったアスランを見つめてカガリは恥ずかしそうに言った。

「キスするなら、私はお前がいい」
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