SCANDAL


「カガリ、有難う」

アスランに礼を言われて、返事の代わりにカガリはアスランの胸に飛び込んだ。
照れ屋のカガリには普段ならなかなか出来ないことだったが、アスランが見せてくれたカガリへの想いが嬉しくて、咄嗟に出た行動だった。
思いもしないかったカガリからの愛情表現に、いつものアスランだったら頬を緩めていたはずなのだが、小さなうめき声と共に、わずかに顔を歪めた。

「アスラン?!」

カガリが慌てて身体を離してアスランを見れば、アスランは右足首を押さえていた。

「お前そういえば怪我っ!私・・なんてこと・・ごめん!大丈夫か?」

今日の試合で、アスランが相手選手に倒されてことを思い出す。
すぐに試合を続行したが、やはりアスランは怪我をしていたのだ。

「カガリは大袈裟だな。大丈夫だよ。少し捻っただけだから」

真っ青になったカガリにアスランは苦笑した。
その声は軽く澄んでいて、確かに痛みに耐えているようには感じられなかったが、カガリの顔は強張ったままだった。
大丈夫と言ってはいるが、ジーンズから覗くアスランの足首には、何重にも固くテーピングが施されていたからだ。
日常生活では問題なくても、この足でグラウンドを駆けていたとなると話は違ってくる。

「お前、この足で試合してたのか」

「うん・・」

弁明を諦めたのか、アスランは素直に頷いた。
その素直さに、無茶をしたアスランを咎めようと、開きかけたカガリの口が閉じてしまう。
四年に一度のワールドリーグ、それも決勝戦だったのだ。
サッカー選手であれば、どんなに無理をしても出たいと思うのが当然だろう。
その思いを頭ごなしに咎めることなど、アスランの心情を想像すれば、簡単には出来なかった。

「・・・異常はないんだよな?今後の選手生命に影響するとか」

「ただの捻挫だから、それは無い。本当にたいしたことのない怪我だから。一週間休めば良くなるよ」

言いたいことが無いわけではなかったが、アスランが安心させるように微笑むので、カガリはアスランの心情を汲むことを選んだ。

「・・・痛かっただろ」

労わるようにアスランを見つめれば、アスランは申し訳なさそうに微笑んだ。

「うん・・・でも」

アスランがシャツの胸元に手を入れて、隠れていたペンダントをを取り出した。

「お前、それ・・」

取り出されて、掌に載せられたのは、赤い石。
数週間前にカガリがアスランに送った石だった。

「石が護ってくれたよ」

アスランは、いつも思ったことをそのまま口にする。
カガリを喜ばせようととか、そういった打算が一切ないのだ。
だからこそ、不意に言われた言葉に、カガリは何も言えなくなる。
今回も、言葉が継げなかった。
泣きたくなるくらい嬉しくて、切ない感情の波が押し寄せてきて。
カガリの言葉にできない気持ちが伝わったのだろうが、アスランがそっと顔を近づけてくる。
窓を除けば、眼下には街の夜景が広がり、高速を走る光の点が楽しめるはずだ。
光の点、地上を走る車の喧噪も届かない、ホテルの高層階。
二人の会話が止めば、とても静かなスイートルームの一室。
聞こえるのは部屋の空調のみで、ワールドリーグを制した輝かしい夜とは思えないほど、静かだった。
都会の喧騒とも、パーティーのお祭り騒ぎとも遠い、まさしく二人だけの夜だった。
それをどう過ごそうか。
唇を重ねたまま、アスランがそっとカガリの背中に手を滑らせたその時、だった。

「アスラーーン!!いるんだろお!!」

バンバンとドアを叩くけたたましい音が、静寂をぶち壊した。
翡翠と琥珀の瞳がバチッと音を立てたかのように開き、深くなりかけていたキスがピタリと止まる。

「開けろよおーアスラン、パーティーはまだ終わってないんだぞお」

「ちょっと先輩!何やってんすか、迷惑ですよ!」

呂律の回っていない声に、それを咎める声。
確実に泥酔しているであろう、チームメイトであり頭の上がらない先輩の姿に、アスランは頭を抱えたい気分になった。
それでも動揺するカガリの背中に手は回したまま、キスは辞めない。
無視を続けていれば、ハイネは諦めるか、後輩に引きずられるように会場、もしくは部屋に連れて行かれるだろうと踏んでいた。

「カガリちゃんもそこにいるんだろおーーーー、アスラーーン」

名前を出され、カガリはビクンと身体を揺らした。
強引に続けていたキスも途絶えてしまう。

「・・アスラン、呼んでるぞ」

どうするのかと戸惑いの色を浮かべた琥珀色の瞳で真っ直ぐに見つめられ、アスランは今度こそ本当に頭を抱えた。
ドアを叩く音は激しさを増しており、ハイネはひたすらアスランの名前を連呼している。
しばらく頭を抱えたままのアスランだったが、ついに諦めたのか、いらだたしげに溜息を吐くと立ち上がり、玄関まで進むと、乱暴にドアを開けた。


サッカー選手に、グラビアアイドル。
世界中の人の度肝を抜いた、衝撃的な告白。
常に人々の関心を集めるスキャンダラスな二人には、もうしばらく静寂はお預けのようだった。



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