SCANDAL
アスランの部屋は最上階の一つ下の階だった。
この高級ホテルは、上層階が全てスイートルームになっているらしく、優勝候補であり、実績もあったZAFTの選手たちは皆、プラントサッカー協会の厚意により、スイートルームを宛がわれているのだそうだ。
「アスラン、優勝おめでとう」
アスランの部屋に入り、促されて二人並んでソファに腰かけると、カガリはまず今日の優勝を祝福した。
本当だったら、エントランスで会ったら真っ先に言おうと思っていたのに、アスランのペースにのまれて言うことができなかったのだ。
「有難う」
アスランは嬉しそうに微笑んだが、そこから会話は途切れてしまった。
会って話したいことはたくさんあるのに、カガリは変に緊張してしまっていた。
ホテルの部屋に二人っきりだからだろうか。
アスランの家に遊びにいったことだってあるのに。
二人の目の前にある、アスランが淹れたばかりのコーヒーから、湯気が上がっているのを、ただじっと見つめる。
「祝賀会、本当に戻らなくていいのか」
やっと口にしたのは、何度も繰り返した質問だった。
アスランは間違いなく今日のパーティーの主役なのだから、カガリが気にするのも無理はなかったが、そう言ったところでアスランがパーティーに戻るとも思えなかった。
だからこれは、ただ会話のきっかけにすぎない。
「カガリと行ったら大変なことになるだろう」
アスランは苦笑したあとで、真面目な表情を作った。
いよいよ核心に繋がる会話が始まるのだと、カガリは気づき、わずかに身構えた。
今カガリと二人、祝賀会に参加したら何故大変なことになるのか。
理由は明白だった。
「ごめん・・迷惑をかけた」
アスランからまず出たのは、謝罪の言葉だった。
「何であんなことしたんだよ」
咎めるように言ったが、実は昼間のことを、カガリはよく思い出せない。
人は予想もしない事態に急に直面すると、何も考えられなくなってしまうということを、カガリは身をもって体験した。
スタジアムからアスランに告白されるという、あまりの出来事に頭が真っ白になってしまったのだ。
ざわめくスタジアムもどこか遠く、嬉しいとか、何か感情が生まれる前に、インタビューが中断してしまい、混乱のなかカガリは警備員に付き添われ、関係者通路を使ってスタジアムを
後にした。
「・・カガリにちゃんと伝えたかったから」
アスランの口から出たのは言い訳だったが、彼はあまり悪いとは思っていないようだった。
口調や姿勢、態度に、どこか強気な雰囲気が漂っている。
「アスラン・・」
「俺の気持ち、誰に邪魔されたくなかったんだ。はっきり皆の前で言いたかった」
「でも、だからって、あんな」
ヒーローインタビューのときに、言わなくてもいいじゃないか。
カガリはそう続けたかったが、言葉が出てこなかった。
ふいに、胸が詰まってしまったのだ。
自分を大切な人だと言ってくれたこと、皆の前で堂々とひるむことなく、カガリの方を向いて、告白をしてくれたことが、どんなに嬉しかったか。
溢れだしたら止まらない幸福感の前に、小言などどこかに行ってしまった。
「でも、俺は馬鹿だったな」
「え?」
叫びだしたいほどの幸福に浸れたのはほんの一瞬だった。
やはりアスランは己の言動を後悔しているのかと、カガリは僅かに身を固くした。
アスランのような人に、何の魅力もない自分はふさわしくない。
アスランもやっとその事実に気が付いたのではないかと、暗い思いが湧き上がる。
その張りつめた華奢な肩を、そっとアスランが掴み、二人は正面を向き合う形になった。
「あそこで言っても、カガリから返事はもらえなかったのに。馬鹿なことをした」
「アスラン・・」
「だから今、聞かせて」
「聞かせてって・・」
アスランの真剣な態度に、彼が後悔しているわけではないと分かって安堵したと同時に、カガリはたじろいだ。
自分の気持ちなどとうに分かっているくせに。
好きだと、ちゃんと言葉にだってした。
それなのに、どうしてそれ程までに真摯にカガリの答えを欲しがるのか。
真っ直ぐに覗き込んでくるエメラルドの瞳から、目が離せない。
「俺と付き合ってくれるか?」
駄目押しのような確認に、カガリはうなずいた。
スーパースターである彼と、グラビアアイドルである自分、そして面前での告白劇、決して安穏にいつも過ごせるわけではないが、アスランが好きだという気持ちは、どんな困難に耐えてでも守りたいものだった。
アスランが嬉しそうに微笑んで、顔を真っ赤にしたカガリを腕に抱く。
抱きしめられることにまだ不慣れなカガリは一瞬肩を揺らしたが、すぐにアスランの胸に身体を預けた。
自分よりもずっと広い胸。
久しぶりに感じる、アスランだった。
ワールドリーグが開幕して、試合の中継でも特別番組でも、アスランをテレビで見ない日はなかったが、彼の姿をブラウン管越しに見つめるほど、アスランをどこか遠くに感じた。
けれども、面前の前で堂々と自分の存在あかしてくれたアスランを前に、寂しさなどどこかに行ってしまった。
アスランに打算など無かっただろうが、アスランから貰った喜びに報いるとしたら、それは彼の愛情を一心に感じ、彼を信じることなのだろう。
カガリが素直にアスランの胸に身体を預けていると、頭上からクスリと笑い声が聞こえた。
「本当にいいんだな、俺は結構嫉妬深いみたいだぞ」
顔をあげれば、まるで何か企みを含んだような表情のアスランとぶつかった。
背中に回っていたアスランの手が、カガリの肩へと移動する。
「グラビアアイドルとしての君を受け入れなければと思ったけど、やっぱり無理だ」
肩に置かれた手に、静かに力が加わった。
「カガリ、悪いがグラビアアイドルの仕事は年内で辞めてもらいたんだ」
「え・・」
咄嗟に言葉が出てこなかった。
確かに自分の仕事のことでアスランを苦しめしまったという事実は、カガリにとっても辛いことだった。
しかし、だからといってそう簡単に仕事を辞めるわけにはいかない。
カガリは恋人が嫌がるからといって、簡単に仕事を投げ出すような責任感のない性格ではなかったし、何よりメディアに露出しなければならない理由がある。
かといって、アスランに応えたいのもまた事実で。
何と答えていいか分からず、声を詰まらせてしまったカガリに、アスランが表情を緩めた。
「その代わり、カガリにはザラ社が出してるコスメブランドで、ルージュっていうんだけど、それのイメージガールになってもらいたいんだ」
「えっ?」
「これは仕事のオファーなんだけど、君の事務所には了解もらってる。あとはカガリの返事だけだ」