SCANDAL







その日の撮影は、全く身が入らなかった。
自分がどれほどアスランのことを想っているのか、思い知らされた気分だった。
彼とは縁を切るべきなのだと、頑なになっていた自分が滑稽だ。
どんなに必死になったところで、彼のことを忘れられるはずがないのに。
確かにアスランのしたことは、世間一般から見れば、当然最低なことだとカガリも思う。
しかし、それでもカガリはアスランに会いたくてたまらなかった。
建前や常識よりも、もっと本能に近い部分が彼を求めているのだ。
綺麗なエメラルドの瞳で見つめて欲しい。
心地よい低音で優しく呼びかけて欲しい、と。
彼を最低な男だと評した友人の忠告を無視をして、会いにいってしまおうか。
自嘲めいて、そんなことまで考える。
また傷つくことになろうとも、彼に会えないことのほうがカガリにとっては辛く、もう限界だった。
しかし、アスランはカガリのことを何とも思っていない。
公共の電波ではっきりそう告げられてしまえば、カガリに成す術はなかった。
それがどうしようもなく、苦しい。




上がりの写真は満足とは到底いえない出来だったが、なんとか撮影をこなして、カガリは帰路についていた。
最寄駅のホームから改札を抜けて、馴染みの出口に向かおうとした、そのときだった。
カガリの足がピタリと止まった。
心臓が飛び跳ねる。
出口前の広場にある噴水に、アスランが座っていたからだ。
変装の為か、彼は帽子を深く被っており、濃紺の髪は隠れていたが、かえって彼の整った容姿が際立って見える。
ジーンズにシャツという地味な恰好でも、目を引く彼なのだ。

(アスラン!)

心のなかで思わず彼の名を叫んだのが聞こえたのか、アスランが視線をこちらに向けた。
しまったと思う間もなく、バチッと音がしたかと思うくらい見事に、二人の視線がかち合った。

(気付かれた!)

瞬間、カガリは踵を返す。
そのまま、反対側の出口に向かって走り出した。
ただ、彼と向き合うのが怖いというだけの、衝動的な行動だった。
会いたくて堪らなかったはずなのに、いざ彼を目の前にするとどうしていいのか、カガリには分からなかった。
人目の多い駅構内で、カガリの名を叫ぶようなことはしなかったが、アスランが立ち上がり追いかけてくるのをカガリは肌で感じていた。
それでも後ろを振り向かず、前だけを見て、全速力で走る。
出口を抜け、タクシー乗り場の前を通り、小さな路地に入ったところで、腕を取られた。

「カガリ・・!待つんだっ」

「いやだぁっ・・・」

捕まれた手を解こうとしたが、全力で走った為、カガリの体力はほとんど無くなっていた。
息があがり、上手く声が出せないうえに、膝に力が入らない。

「追いかけたりして、すまない」

息も絶え絶えなカガリとは反対に、アスランに疲労のあとは全く見えなかった。
汗もかいていないし、呼吸すら乱れていない。
一流のスポーツ選手なのだと、こんなところで思い知らされる。

「でも良かった、やっと君に会えた・・・」

先ほどの必死さが影を潜め、喜びと安堵の表情を浮かべるアスランを、カガリはきつく睨んだ。

「手を放せっ」

疲労困憊したカガリが逃げられないと思ったのだろう。
ごめんと言って、意外にもアスランはあっさりと手を離した。

「何しに来た。私に何の用がある」

「カガリに、謝りたくて・・・」

「何を謝るんだよっ・・・」

カガリの切り替えしに、アスランは言い淀んて、一旦視線を下げたが、すぐに再びカガリに視線を戻した。

「・・・どこか、中に入らないか?」

「嫌だ。撮られたらどうするんだよ」

アスランにとって、カガリはただの女友達なのだ。
だったら、もう放っておいてくれたらいいのに。
もう、自分の心を掻き乱すようなことはしないで欲しい。

(それなのに、どうして・・・)

悔しくて、もどかしくて、琥珀の瞳に涙が滲む。
クラリと、景色が波打った。

(あれ・・・?)

途端に立っている感覚がなくなった。

「カガリ!」

白に染まった世界のどこか遠くで、自分の名を呼ぶアスランの声が聞こえた。


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