SCANDAL



「・・・・あ、やだ、何だ、これ」

なりふり構わずにつけられた無数の痕に、カガリは慄いた。
丸い痕どころか、くっきりとした歯型の痕まであっる。
今まで、全く気が付かなかった。
昨日自宅に戻ってから、ろくに鏡を見ていなかったのだ。
そういえば、今日スタジオに向かう電車のなかでも、ちらちらと視線を感じていた気がする。
無数につけられた色濃い痕が、人目を引くのは当然だった。
まるでそこから、アスランの狂った激情が伝わってくるようで、カガリの瞳にじんわりと涙が滲む。

「カガリっ!これから撮影なんだから、泣いちゃ駄目!」

泣きそうになるカガリを叱咤して、ルナマリアはカガリを楽屋の隅に引っ張って行った。
打ちひしがれたカガリの代わりに、スタイリストから衣装を預かってきてくれる。
その淡い水色の水着はカガリによく似合ったが、当然首から胸元の痕は丸見えだった。


「ルナ・・私、今日の撮影は無理だ。マネージャーに謝ってくる・・・」

「馬鹿ね。今日のは絶対に穴を開けれない撮影でしょ」

そう一蹴すると、ルナマリアはちょうど撮影から戻ってきたミーアに声をかけた。

「ミーア、コンシーラー持ってる?茶色いクマ隠すやつ」

「持ってるけど・・・って、カガリ何それ?」

「いいから。もうすぐ私たちもスタンバイなの、早く」

「・・・分かった。私がやってあげる。こういうの、コツがいるのよ」

カガリの肌に目を丸くしたミーアだったが、すぐに状況を悟り、テキパキとコンシーラーとファンデーションを使って痕を隠していく。
彼女の手により数分で、目をこらさなければ分からないくらいに、痕は薄くなった。
素肌感が損なわれるのは否めないが、とりあえず危機は回避できて、ルナマリアとミーアはほっと息をついた。

「二人とも本当にすまない・・」

「カガリ・・・分かってると思うけど、これはプロ失格よ」

弱々しく礼を言うカガリに、ルナマリアは厳しい声で言った。

「・・・・うん」

カガリが今にも泣きそうだったので、いったんは表情を緩めたルナマリアだったが、カガリから視線を外すと、またすぐに厳しい顔をした。

「それにしても、グラビアアイドルの女の子にこんなことするなんて、最低な男だわ」

彼女の怒りは、カガリよりも、この痣を付けた人物に対して向かっていた。

「カガリの立場をまるで無視して自分勝手にこんなことするなんて、人として最低。本当にカガリのことが大切なら、こんなことできないわよ。金輪際そいつと縁切りなさいよ」

「うん・・・」

ルナマリアの叱責は的を得ていて、カガリは黙ってそれを聞くしかなかった。
自らを助けてくれた友人に反発するなど、今のカガリにはとてもできなかった。
厳しい言葉も、カガリを想ってのことなのだから。
それなのに、アスランが避難されると、カガリは哀しくてどうしようもないのだった。
アスランはそんな人ではないと、擁護したくなってしまう自分が、友人よりも異性を優先するような浅ましい人間に思えて嫌気がする。
ルナマリアの言うとおり、アスランとは縁を切るべきなのだ。
優しい友人たちに心配をかけ、手を煩わせたのだから、彼女たちの誠意に応える為にも、同じ過ちを繰り返してはいけない。

「でも、まさかカガリがこんな・・・。付き合ってる人いたの?」

ルナマリアの横で様子を伺っていたミーアだったが、タイミングをはかって遠慮がちに訪ねてきた。
今まで色恋とは全く無縁だったカガリなのだ。
ミーアが気になるのも無理はなかった。
カガリとて、まさか自分が、アスランに対して、あんな気持ちになるなど思ってもみなかったのだから。
大切な想いの結晶はしかし、成就する前にこんな無様な形で砕け散った。

「ラン・・・」

「え?」

「アスラン・・・」

くぐもった声で告げられた名前に、二人の美少女は目を見開いた。

「アスランって・・・あのアスラン・ザラ?」

声を出すのも辛くて、カガリは無言で頭を縦に振った。

「そう、だったの・・・。でも、あのアスラン・ザラがこんなことするなんて・・・」

予想もしなかった人物の名前に、しばし唖然としていた二人だったが、ルナマリアが独り言のようにそう呟くと、状況を立て直すように強めの口調で言った。

「でも彼のことはもう諦めなさい。女の子にこんなことするなんて、ろくでもない奴よ。私も見損なったわ」








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