SCANDAL



何が、起こったんだろう・・・・

状況が飲み込めず、泣きながら走り去っていくカガリを、アスランはソファの上で呆然と見つめていた。
思考と現実が透明なフィルターで遮断されたように、目の前のことが、どこか遠くに感じる。

折角来てくれたのに、どうしてカガリは帰ってしまったのだろう・・・。

カガリに嫌われるようなこと、何かしてしまったのだろうか。

一人になった部屋で、膝立ちのまま、そんなことをぼんやりと考える。



それも、カガリは泣いていた。

そう、泣いて・・・




――――嫌だあっ!!


「あ・・・」

アスランは、膝を立てて座っているソファに視線を落とした。
わずかにへこんでいるのは、先ほどまでカガリがここにいたから。

床には転がった缶ビール。
中身がこぼれて、ラグを汚していた。

カラカラ・・・

その缶ビールが倒れて転がる音が、アスランの頭に鮮明に蘇る。
カガリを押し倒したときに、どこか遠くで聞こえた音だ。

「あ・・・俺・・・」

掌にはカガリの細い手首の感触。

ドクン、と心臓の鼓動を強く感じた瞬間、冷や汗がどっと噴き出した。
思い出したら、いけない。
正気に戻ったら、きっと、ぞっとするほど後悔する。
そんな警報が頭のなかで鳴るが、もう遅かった。

Tシャツの下の白い肌。
レースのついた青い下着。
俺はカガリを何をしようとした?

「あ・・・あ・・」

上手く息ができなくて、呼吸が荒くなる。

「嘘だ・・・俺が、カガリに・・・」

あんなことをするなんて。
自分があんなこと、強姦みたいなこと、決してカガリにするわけがない。

けれど、アスランは全て覚えている。
カガリの抵抗も悲鳴もも生々しいくらいはっきりと。
そしてアスランの脳裏に一番くっきりと焼きついているのは、ぐったりと身ベッドに預け、静かに泣いていたカガリ。
まるで、全てを諦めてしまったような。

「あっ・・・・カガリ・・・っ」

アスランはテーブルの上にあった携帯電話を掴み、呼び出しボタンを押した。
言い訳の台詞も、詫びの言葉も何も考えていない、それでも今すぐ話をしなければならないという焦りからの、衝動的な電話だった。

頼む・・・・出てくれ・・・

電話をかけた先は、ここ最近ずっと着信を無視していたはずの番号。
呼び出し音を聞きながら、アスランは祈るように電話を耳に押し当てている。
早く早く・・そう思いながら聞いていた呼び出し音が不意に途切れた。

「カガリっ・・!」

―――――おかけになった電話番号は電波の届かないところにあるか、電源が・・・・

名乗るよりも先に叫んだ彼女の名だったが、流れてきたのは感情のない機械のアナウンス。

「くそっ・・・」

一度電話を切り、すぐにまたかけ直す。
しかし、電話はもう繋がらない。
カガリはもう電車のなか?
それとも充電が切れてしまった?
走っていて気が付かないとか。
そうやってカガリに繋がらない理由をいくつか挙げてみるものの、アスランの冷静な部分が意地悪気に囁いた。
何度かけても無駄だよ。
本当は分かっているだろう。
カガリはもう、アスランからの電話には・・・・

「いや、違う・・・っ。歩いていて気が付いていないんだ」

湧き上がってきた恐ろしい疑念を、アスランは強引に打ち消した。
電話が通じないのならと、今度はメール作成画面を開く。
けれど、何と打てばいい?
謝罪か言い訳か。
それは当然アスランが誠意をもってしなければいけないことだったが、今は少しでも早くカガリに連絡を取ることが最優先だった。
それに、今の焦燥にかられた精神では、まともな文章を作ることさえできないだろう。

―――――カガリ、さっきのこと、ほんとうにすまない。電話してもいい時間教えてくれないか?

それだけ打って、急かされるように、送信ボタンを押す。
しかし、当然その返事が返ってくることはなかった。
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