SCANDAL
カガリのことばかり考えているのに、彼女には会いたくない。
会ってしまったら、募りに募った感情をぶつけてしまいそうだったから。
だから、アスランはずっとカガリとの連絡を経っていたのだが。
優しく世話焼きな彼女のことだ。
きっと連絡を寄越さなくなった自分を心配して、ここまでやってきたのだろう。
カガリの考えていることが、アスランには手に取るように分かった。
いつも彼女はアスランに心を砕いてくれていたから。
それが彼女の美徳であり、アスランが彼女に惹かれた直接的な部分だったのかもしれない。
しかし、与えてくれた彼女の真心は全てまやかしだったのだと。
苦悩のなか、思考がそこで結びつくと、再び鳴るチャイムに、アスランはゆらりと立ち上がった。
「アスランっ・・・」
ドアを開けると、やはりというか、切羽詰った顔のカガリがいた。
「良かった・・お前、いたんだな」
アスランがいきなりドアを開けたことで、一瞬驚いた顔をしたものの、すぐにその顔は綻み、安堵の表情が浮かぶ。
久しぶりのカガリ・・・。
以前のアスランだったら、その表情に愛しさを覚えるはずだったのだが、今アスランの胸に浮かぶのは無防備に感情を表に出すカガリへの苛立ちだった。
そんな顔をしたって、だまされない。
本性は全く逆のくせに、と。
「・・・なに?」
冷たい言い方に、カガリが怯んだのが分かった
いきなり訪ねてきて、歓迎されるとでも、思っていたのだろうか。
自分の本性を見破られたと気付いてもいないのなら、俺は一体どれほど見くびられていたのだろう。
どうせ、恋愛に不慣れで、真面目でつまらない男とでも思われているのかと思うと、アスランはどうしようもなく悔しかった。
「急に尋ねたりして、ごめん・・でもお前、連絡全然取れないし、私、心配でっ」
写真集を手にしたあの日に、アスランは事前にしていたカガリとの約束をキャンセルし、それから一度もカガリに連絡をしていなかった。
その間も、アスランを心配するカガリから何通かメールが入っていたが、その全てをアスランは無視していた。
だから、取り繕う様に、早口でされるカガリの説明は、当然のものだったのだが、アスランは何も答えず、冷めた目でカガリを見つめているだけだった。
「したら、今日の試合には出ないっていうし、何かあったのかと思って・・・」
無反応のアスランに、カガリはだんだんと語尾が弱まっていく。
「あの・・アスラン・・?」
アスランの様子がおかしいことに、カガリも気が付いたようだった。
伺う様に、アスランを見つめてくる。
「とりあえず、中に入って」
ずっとここで会話をするのはまずい。
アスランはそう判断して、素っ気なくそう言うと、視線で室内を示す。
「あ・・うん・・」
おずおずと部屋に入ってきたカガリをリビングに連れていく。
乱れたベッドに、ソファのまわりに転がった数本の缶ビール。
二週間ほど前、カガリがやってきたときとは、様相の変わった部屋。
リビングだけではない。
リビングに向かう途中の台所の流し場には片付けていない食器が積み重なっていた。
何より、部屋全体が淀んだ空気で満ちている。
「アスラン・・・お前やっぱり何かおかしい。本当にどうしたんだ?」
ソファに並びあって座り、一呼吸の間をおいから、カガリが気遣わしげに尋ねてきた。
その様子は下心など全くない無く、純粋にアスランを心配しているようだった。
「どうしたんだろうな。俺にもよく分からないよ」
アスランは斜め下を向いて、自嘲するように答えた。
本当に、どうしたらいいのか分からない。
一人でショックを受けて、憤って、苛々して。
完全に一人相撲だ。
あまりにかっこ悪くて、笑ってしまいそうだった。
カガリがしばし困ったように瞳をまたたかせているのを、アスランは雰囲気で感じた。
やがて、彼女のなかで何か結論に達したのか、カガリが声を詰めて訊ねてきた。
「何か、嫌なこと・・ショックなことでもあったのか?」
「ああ。そうかもな」
真剣なカガリの問いに、わざと軽く返す。
ものすごくショックなことがあったよ。
君のおかげで。
心のなかで、そう皮肉りながら。
すると、むきになったのか、カガリがアスランの顔を覗き込んできた。
「お前、何があったんだ?私にできることがあれば、協力するから」
目の前にある、透き通るような透明の琥珀。
心の底から、アスランの役に立ちたいと訴えてくる、嘘のない瞳。
その綺麗な瞳が、どうしようもなく憎らしくて。
「・・・・あるよ」
アスランの表情がふいに柔らかくなる。
「本当か?」
顔を明るくしたカガリの両肩に、そっと手を乗せた。
「ああ。カガリの得意なこと」
口の端を上げる。
出来上がったのは、多大に毒を含んだ笑顔だった。
「俺を慰めてよ」