SCANDAL



欲望を吐き出して身体はすっきりとしたのに、アスランの心は晴れなかった。

どうしても、グラビアアイドルとしてのカガリが許せなかった。
それが彼女の仕事だと、彼女を愛しているなら広い心でそれを受け入れるべきだと頭では分かっているのに、それが出来ない自分にも苛立った。
挙句の果てに、偉そうに許せないと言っておきながら、そのカガリで自慰をしたのだ。
白い液にまみれた写真集を直視できなくて、アスランは目を背けた。
自分はなんて情けなくて、みっともない男なのだろう。
やり場の無い思いは、アスランを苛め苦しめた。
不器用なアスランには、もんもんとした想いを上手く消化することができなかった。
どうしたらいいのか分からないのに、どうしようもなく苛々する。

「くっそ・・・」

ぐるぐると渦を巻くどす黒い感情は、すぐにアスランの表面に現れた。

クラブチームでの練習に全く身が入らなくなったのだ。
相手の動きや、試合の流れに対する勘が濁り、反応も鈍く、今までのアスランでは考えられないミスを連発した。
ありえないミスに苛立ち、そんな自分を叱咤しても、事態は好転するどころか、ますます練習に集中することが出来ず、練習スコアはみるみる下がっていく。

何故、どうして。

凋落はまるで坂から転げ落ちるようで、数日前までの絶好調が嘘のようだった。
ますます募る焦燥と苛立ち。
スランプかと気遣わしげに声を掛けてくるチームメイト達も今のアスランにとっては煩わしいだけだった。
人付き合いは苦手なアスランでも、チームメイトたちとは信頼関係を結んでいたのに、それすらも今は拒絶する。
そうしていくうちに、アスランは結果を残せないだけでなく、チームからも孤立し、ついには次の国際的な練習試合のスタメンから外されてしまった。






試合当日、テレビをつける気にはなれなかった。

本来だったらエースとして出場するはずだったアスランはしかし、一人自宅のマンションにいた。
スタメンを外されても、控えとしてベンチに座っているつもりだった彼に、監督が休養を申し渡したのだ。
最近のアスランはおかしい。一度冷静に自分を見つめてみろという言葉と共に。
期限は二週間で、今日は9日目にあたる。

「くそっ・・」

アスランは缶ビール片手に、前かがみになってソファに座っていた。
休暇を貰っていても、特にすることもなく、ただ苛立つ毎日を過ごしていた。
外出もせず、食料を買いに行く以外は、ひたすらマンションに籠っている。
これだったら、ひどい内容でも練習に出て体を動かしたほうがマシだった。
カガリの写真集を見てから、気分は落ち着くことなはく、上手くいかなくなった日常と相まって、悶々とした気分は日に日に大きく暗くなっていき、発散できない負の感情が蓄積されていく。
写真集から受けた衝撃は大きく、それを上手く受け流すことが出来る程、アスランは世慣れていなかった。
それは冷たいようでいて、真面目で不器用な彼の良いところでもあり、悪いとことでもあったのだが。
今回ばかりは完全に仇となっていた。

カガリ・・・

もどかしげにアスランは彼女の名を心のなかで呼ぶ。
その声音に滲むのは、彼女に裏切られた怒りや悔しさ。
また、彼女の理想像を勝手に作り上げ、自己満足にまみれたその枠組みに満足していた自分への情けなさだった。
彼女のことを考えただけで苦しくて辛くてしょうがない。
だったら、まだ入り口に立ったばかりの恋だ。
告白すらしていない。
だから諦めればそれで終わりの関係なのに、アスランは断ち切ることはできなかった。
もんもんと彼女のことを考え続け、負の感情を募らせるという最悪な循環に陥ってしまっていた。
カガリの伸びやかな肢体は、決して自分のものになることはないのに。
彼女がグラビアアイドルである限り、それは不特定多数の男たちに惜しげもなく曝され、利用される。
そう思うだけで、アスランは気が狂いそうになる。
それなのに、カガリはアスランに打算の無い優しさを向けてきた。
決して自分だけのものにはならないくせに。
あんな、あられもない姿を、男たちに曝け出しているくせに。
許せない。
カガリの肢体を舐めまわすように見つめる男たちも、それを良しとするカガリも。
その一方で、それが仕事なのだから仕方ないと分かっている自分もいて。
理解は出来ても、納得はできない。
人の心は理屈ではないのだ。
事に、恋愛においては。
だから、恋愛経験のほとんどないアスランはその感情うまく対処する術を知らなかった。
渦巻く感情を持て余し、募らせることしかできなかった。

「くそっ・・」

アスランは持っていた缶ビールを乱暴にテーブルに置いた。
ガチャンと乾いた音がして、呑み口からビールがこぼれたが、どうでもいいことだった。


俺は・・一体どうすればいいんだ・・


くしゃり・・と髪を掴んだその時、玄関のチャイムが鳴った。
新聞勧誘か何かだろうか。
何であれ、今は来客の相手をしている暇はない。
ピンポーンという間延びしたその音を、アスランは二度無視したが、インターホンから流れてきた声に、身体を硬直させた。

「アスラン、いないのか?」

その低いアルトの声は、まさにアスランを苦しめ続ける女性のものだった。
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