SCANDAL









告白、か・・・・


何とかクラブチームから逃げ切ったものの、比較的すいた、人のまばらな電車に揺られながら、アスランは先ほどの言葉を反芻していた。

二日前、自宅に招いたカガリから護り石をもらって、感極まり彼女を抱きしめてしまった。
どうしてかなのかは、分からない。
ただ、どれだけ自分がカガリに感謝しているか、言葉では伝えられないと思った。
護り石をもらったことだけではない。
カガリと出会ってから、たくさんの幸福をアスランは彼女から受け取っていた。
仄かな想いをずっと抱いていた自覚はあるが、石を首に通して見つめ合ったとき、今までと比べ物にならないほどの鋭い愛しさが胸を刺して、気が付いたときには身体が動いていた。
初めて感じるカガリの柔らかさに胸が震えて、それでもそのまま抱きしめ続けていると、高揚もゆっくりと落ち着いていき、穏やかで静かな幸福感がアスランを満たしていった。
腕の中から感じる、カガリの感触も吐息も体温も、全てが愛しかった。
会話はないのに、何となくカガリと感情を共有しているのだと思えるのが不思議だった。
いつのまにか、カガリの腕もアスランの背中に回っていて。
しばらく二人で抱きしめあい、互いを感じ合って、やがてそっとアスランはカガリの身体を放した。

「カガリ・・・そろそろ時間だ」

「あ・・・」

時計を見れば、カガリが帰らなくてはならない時間だった。
明日の仕事が早いため、遅くまではいられないのだ。

「そうだ・・そろそろ帰らないと」

瞳をトロンとさせていたカガリだったが、のろのろと時計を見て、帰宅時間が迫っていることに気が付いた。

「駅まで送るよ」

二人でアスランの部屋を出て、駅に向かう途中、ごく自然に二人は手をつないだ。
自分よりもずっと華奢な手に、アスランの胸は高鳴ったが、それでも手は放さなかった。
駅までの道のり、二人は何故かほとんど言葉を交わさなかった。
けれどもアスランはつないだ手に満ち足りていた。
きっとカガリもそうなのだろうと、掌が触れ合っているからだろうか、不思議とそう思えた。




今からして思えば、あのとき告白するべきだったのだ。
結局アスランはカガリを駅まで送っていったというのに、改札に着いたと同時に電車が到着し、簡単な挨拶のみでホームへ走るカガリを見送ることになったのだ。
カガリと想いを共有できた気がして、それで満足していた。
だから先ほどハイネの口から出た「告白」という言葉は、アスランにとって全く意識していない言葉だった。
けれども言われてみれば、一部例外はあるものの、世間一般では告白を経て初めて男女の付き合いというものが始まるらしい。
それに、アスランがカガリに向けるものと同じ感情をカガリも抱いてくれていると、アスランが一方的に勘違いしている可能性だってある。
いきなり抱きしめられて、手を繋がれて、カガリは戸惑っているかもしれない。
この先もカガリと一緒にいたいのなら、一度カガリにはっきりと自分の気持ちを告げるべきだとアスランは思った。

自分の気持ち。

愛だの恋だの語るのは大の苦手だが、カガリに抱く想いを一言で表すのなら、そのような単語になるだろう。
愛しいと思う気持ちは脹れあがり、衝動で彼女を抱きしめるまでに成長しているのだから。
幸い、次の休日にも会う約束をしている。
メールや電話ではなく、そのときに直接伝えようと、アスランは静かな決意をした。




電車から降り、乗り換えのホームに向かう途中、アスランは足を止めた。
ここの駅は、会社勤めの人が多く利用するターミナル駅の為、駅中の店舗は充実しており、本屋はとくに店も大きく品ぞろえは豊富だった。
その本屋のレジ付近に、でかでかと今週の書籍売上ランキングが貼られており、そのなかの一冊がアスランの目に入ったのだ。

―――第8位 カガリ・ユラ SECOND写真集「TOROPICAL HONEY」

人気ミステリー作家の新刊や、人気タレントのブログ本、テレビで紹介されたらしい話題のダイエット本のなか、その書籍は8位にランキングしていた。
カガリの・・・写真集。
トクンとアスランの心臓が鳴った。
アスランは迷うことなく、一瞬とめていた足を、すぐさま本屋へと向けた。
オレンジ色の水着を着たカガリが、咲き乱れる南国の花の前で笑っている。
それが表紙だった。
アスランは並べられたその写真集を、まじまじと見つめた。
カガリをこういった形で見るのは、こそばゆいような、不思議な感覚を覚える。
自分の知っている、カガリではないような、しかし間違いなくこれはカガリで。
実は、初めてカガリに出会った翌日、電車の中吊り広告にあった漫画誌をアスランは購入していた。
好きだと自覚があったわけでもないのに、そもそも昨日初めて会ったばかりなのに、気が付いたら全く興味の無い漫画誌を手にしていたのだ。
巻頭グラビアを飾るカガリは、元気で可愛らしく、けれどもグラビアを見るということに慣れていないアスランは、気恥ずかしくて何度もページを見ることができず、すぐに本棚の奥に閉まってしまった。
しかし、今はあの頃とは違う。
カガリへの距離が近づいた今、カガリのことはできるだけ知っておきたい。
何より、表紙のカガリが卑怯だ思うくらい可愛い。
それにこの間の漫画誌とは違い、これは一冊丸々カガリの本なのだ。
こういったものに全く免疫の無いアスランにとって、写真集を購入するということは、サッカーでPKのボールを蹴ることよりも緊張するものだったが。
カガリの写真集が欲しいという強烈な思いに促され、アスランは写真集を購入した。


駅からマンションへの帰り道、手に持ったビニール袋が、カサカサと音を立てている。
そのなかに入っているのは、もちろんカガリの写真集だ。
グラビアアイドルの写真集を持っているという事実が、どうにも恥ずかしいが、早く家に帰ってなかを見たいというのが率直な思いだった。
しかしそこにあるのは邪な思いではなく、ただ純粋に、グラビアアイドルとしてのカガリが見たかったからだ。
考えてみれば、カガリはあまり仕事の話をしないし、グラビアアイドルらしい言動も取らないので、なんとなくアスランもカガリの仕事について意識したことはあまりなかった。
だからこそ、今まで目に留まらない限り、アスランが自発的にカガリの領域に手を伸ばすこともなかったのだ。
グラビアアイドルなので、ある程度の仕事内容は検討がつくし、それに嫉妬を覚えないといえば嘘になるが、プライベートのカガリが自分の傍にいてくれるだけで充分だとアスランは思っていた。

しかしアスランはこの後、それがいかに甘かったのだと、自分は何も分かっていなかったのだと、そう打ちのめされるほどに思い知ることになるとは、少しも予想していなかった。
14/52ページ
スキ