SCANDAL
このハウメアの守り石は、カガリが上京したときに一緒に持ってきたものだった。
慣れないプラントで、無事に過ごせますようにと、そんな願いを石に掛けた。
そのおかげか、今のところカガリは仕事仲間や友人にも恵まれ、楽しい生活を過ごしている。
それだけじゃない。
こうしてアスランと出会うことができたのだ。
これがハウメアのお導きなのだとしたら、どれだけ感謝してもしすぎることはない。
それほどまでにアスランの存在はカガリのなかで大きく重要な位置を占めているのだと、掌でハウメアの感触を感じながら、改めてカガリは思った。
そんな感謝の気持ちを返したくて、カガリはアスランに護り石を譲ることにしたのだ。
カガリに運んでくれた幸せを、今度はアスランが受け取れるようにと。
カガリの掌にあるハウメアを無言で見つめたあと、アスランが顔をあげ、ポツリと尋ねた。
「・・・いいのか」
「ああ。私の故郷のオーブではな、ハウメアは持ち主を身に降りかかる災難から守ってくれると言われているんだ。試合必勝のお守りとは少し意味合いは違うけど、お守りはお守りさ」
「すごく嬉しい・・・。有難うカガリ」
カガリを見つめるアスランの真摯な瞳がとても綺麗で、カガリの胸が愛しさできゅんと引き絞られた。
「私がかけてやるよ」
「ああ」
かけやすいように、アスランが首を僅かに傾けてくれた。
カガリはそっと彼の首にハウメアを通す。
彼の濃紺の髪にわずかに触れて、思わず胸が高鳴った。
「おまえ、あぶなかっしい。守ってもらえ」
ハウメアの御利益に、自分の想いを重ねる。
溢れ出てくる愛しさに泣きたくなるのは、どうしてなのか。
これが人を好きになるということなのか。
周りにカガリは恋を知らないと言われ続けてきたが、確かにこんな感情はカガリが今まで感じたことのないものだった。
胸が苦しくなるほどの切なさは。
「カガリ・・・」
光の加減か、アスランの瞳も潤んでいるように見えた。
濡れたエメラルドに魅入られてしまいそうだったけれど、まるで磁石のように、逸らすことができない。
そうして見つめ合っていた二人だが、まるでそうすることが当たり前のように、アスランがそっとカガリの背中に腕を回した。
「あ・・・」
そのまま腕にゆっくりと力が籠められ、二人の身体が密着する。
腕のなかで感じる、アスランの細身だけれど、しっかりとした骨格と筋肉。
目の前には、たった今自分がかけたばかりのハウメアがあった。
「ありがとう・・・カガリ」
頭上から降ってきた声音は、カガリを抱きしめた動作と同様で、とても穏やかだった。
けれども、その優しい声には、アスランの想いが込められているように思えた。
「アスラン・・・」
その想いに応えるように、カガリは好きだという気持ちを込めて、彼の名を呼んだ。
問いかけも説明も必要ない。
それで充分だった。
そのまま何も言わず、二人は抱き合って、互いの身体を感じていた。
「アスラン、最近どうしたんだ?」
練習を終えロッカールームに戻り、閉まってあった制汗スプレーを手にしたところで、アスランはハイネに声をかけられた。
「最近というのは・・」
質問の意図が分からないという様子のアスランに、ハイネはニヤニヤと含みのある笑みを浮かべた。
「今日の練習試合でも思ったけど、最近のお前、すごい調子いいみたいじゃないか。なんだか楽しそうだし。だから何かいいことでもあったのかと思って」
そう言われて、確かに最近妙に身体が軽く集中力も増し、それでいて肩の力が良い意味で抜け、今までにないくらいベストな状態でサッカーが出来ていることに気が付いた。
サッカーだけではない、普段の生活も心なしか潤いがあるように感じる。
アスランは服の下にぶらさげた石の感触に意識を向けながらも、ぶっきらぼうに言った。
「いや、特に何もありませんが」
ハイネは頼りにはなるし、尊敬もしているが、だからといってカガリのことを他人に話したくはなかった。
出来れば、大切に自分の胸のなかに閉まって育てていきたい。
本当に大切なものは、むやみやたらに、外部に触れさせたくはないのだ。
「えー怪しいなあ。アスラン何か隠してないか?彼女とかできたんじゃないのかあ?」
アスランの顔を覗き込んできたハイネは、結局はそれが聞きたかったらしい。
技術も経験も抜きん出ているはずのこのサッカー選手は、コートの外に出ると、途端に色恋沙汰にしつこく絡むやっかいな男になるのだった。
「ハイネさんには関係ありません。ほっといてください」
「おっ。否定はしないのか」
この話題は終わりにして、アスランはさっさと着替えようと思ったのだが、はっきりと答えなかったのがまずかった。
ハイネの瞳が見開かれ、次の瞬間きらりと光る。
さらには練習が終わったばかりのロッカールームには、多くのチームメイトがおり、いつのまにか彼らもアスランとハイネのやり取りに注目していたようだった。
「えー何お前、本当に彼女できたの?!」
「違う。どうしてそういうことになるんだ」
「隠すことないですよ。良かったですね、アスラン」
「二コルまで。違うと言っているだろう」
「ついにアスランにも彼女ができたのか。良かったな!ネットでは変な疑惑が出てるから、これで安心したよ」
アスランがどんなに否定しても、もう無駄だった。
若い女性からの人気がナンバーワンであり、その実、恋愛に対して驚くほど不器用なエースストライカーの恋に、チームメイトたちは大盛り上がりだった。
「業界の子?一般の子?写真とかないの?」
「今度の試合に連れてこいよ」
「それにしても、俺に教えてくれないなんて、全くアスランは水臭いな。まあお前らしいといえば、そうなんだけど」
「だからやめてください!そもそもハイネさんが余計なことを言うから、こんなことになったんですよ」
「でも奥手なお前がね。告白とかちゃんとできたんだ。安心したよ」
アスランの抗議に、ハイネは全く取り合わなかった。
しかしアスランの意識はハイネによって出し抜かれた格好になったことに対する怒りよりも、別のことに向いた。
告白・・・?
それは、自分の気持ちを相手に伝える行為。
そして、アスランがいまだに未経験な行為だった。