SCANDAL
小奇麗な10階建のマンションの8階に、アスランの部屋はあった。
「ほんとうに何もないけど、そこに座っててくれるか?」
失礼にならない程度に部屋を見回しながら、カガリはテレビの前に置かれた小さなソファに腰かけた。
一人暮らしにしては随分大きな1LDKだったが、そう感じるのは部屋の間取りもさることながら、アスランの言葉通り、部屋に無駄なものがほとんどないことも原因のひとつだった。
日当たりの良い綺麗に整頓された部屋からは、生活感があまり感じられない。
けれども、大きな液晶テレビやスマートな電子家具からは、メカ好きだというアスランの趣向が垣間見えて、何だか微笑ましかった。
アスランはといえば、キッチンでお茶の準備をしている。
手伝うと声を掛けたものの、座っていてくれと言われたので、手土産に持ってきたお菓子だけ渡し、その言葉に甘えることにした。
「カガリは紅茶で良かったか?」
部屋を観察していると、ティーカップがかちゃりとテーブルに置かれた。
意外なことに、アスランはティーパックではなく、ちゃんと葉っぱで紅茶をいれたようだった。
「母が紅茶が好きで、習慣というか」
ほんの少し垣間見えたアスランの幼少時代と家族に、なんだかカガリは嬉しくなる。
アスランはお父様とお母様のどっち似なんだろうか。
アスランと一緒にいると、ふとしたときに彼から育ちの良さを感じるので、きっとお母様はお上品な方なんだろうとカガリは思った。
紅茶とカガリが持ってきたクッキーを二人でテーブルにセットする。
ビデオデッキにDVDをセットし、アスランがリモコンのボタンを押すと、大画面に映画会社のロゴが映しだされた。
鑑賞会の始まりだったが、カガリの意識は隣に座るアスランに向かってしまっていた。
彼がクッキーに手を伸ばし、口に運ぶ動作を横目でじっと見つめる。
「ん、なんだ?」
カガリの視線に気づいたアスランが不思議そうに、けれども優しく尋ねる。
「いや・・あの、それ美味しいか?」
カガリは視線でアスランの手にある食べかけのクッキーを指した。
「ああ。すごく美味しい。有難な、カガリ」
アスランの言葉に、カガリがぱっと綻んだ。
「本当か?それ、私が作ったんだ!」
「えっ・・・そうなのか?」
驚いてクッキーを見つめるアスランに、カガリの胸は幸せで満ちていく。
自分の作ったものを美味しいと褒められるのは、こんなに気分の良いものなのかと改めて実感した。
気分が高揚したカガリだったが、なかなか二口目をつけないアスランに、今度は不安が広がっていく。
私の手作りお菓子なんて、迷惑だっただろうか。
そういえば気を許した人以外の手作り料理は食べたくないという人もいるらしい。
「もう食べないのか?」
自己満足をアスランに押し付けてしまったことを早くも後悔しながら、カガリが恐る恐る尋ねると、アスランは困ったようにカガリに視線を向けた。
「いや・・・なんだか食べるのが勿体なくて」
そう言って、再び手元のクッキーに視線を戻す。
「カガリが作ってくれたものだと思うと・・」
「アスラン・・・」
じんわりと、さっきよりも深く広く、嬉しさと暖かさが胸に広がっていく。
一度落胆しかけたから、それは尚更だった。
「馬鹿。食べないと腐るだろ。また作ってやるからさ」
しかし、同時に激しい照れにも襲われ、カガリはついぞんざいな口調になってしまった。
こういうところが可愛くないのだと自分でも思うけれど、性格は変えられない。
しかしアスランはカガリの様子を特に気にする様子はなかった。
「カガリ、それ本当か」
エメラルドの瞳が、カガリを捉える。
「ああ。私はこう見えて料理が得意なんだ。いっつも自炊してるからな。お菓子だけじゃなくて、ちゃんとしたものだって作れるぞ」
カガリは胸を張った。
喜びと照れのせいで身体にたまった熱を発散するのに、得意分野の話をするのは都合が良かった。
「カガリは偉いな、俺はいつも出来合いのものばかりだ」
「お前、スポーツ選手なのに、駄目じゃないか。一番食べ物に気を使わないといけない人種だぞ」
「ついおざなりになってしまうんだ」
困ったように言うアスランに、カガリはため息をついた。
いつも美味しいレストランに連れていってくれるが、自分の食事のことになると一気に構わなくなるアスランが容易に想像できたからだ。
「アスランって食に興味なさそうだもんな。野菜とか食べてないだろ」
スポーツ選手の食生活。
栄養がバランスよく取れ、身体づくりに貢献できる食事。
唇に手をあて、考える。
「私だったら、ちゃんとアスランにあった献立を考えられるんだけどな。アスランの好きなロールキャベツも作れるし」
カガリの言葉に、アスランは嬉しそうに、ごく自然に爆弾を投げた。
「それは有難いな。なんだか、ずっと傍にいてほしくなる」
「えっ」
「あっ・・?えっ・・いや、その」
ぱっと顔を赤らめたカガリに、アスランが慌てて手を振る。
「いや・・・その、だから違うんだ。そういう意味じゃなくて・・・いや、ごめん」
わたわたと弁明するアスランだったが、下手なことを言わないほうがいいと思ったのか、諦めたように下を向くその頬はまだ赤かった。
「でも・・・ロールキャベツを作ってくれたら、嬉しいな」
そう言ったところで、液晶テレビの大画面から映画の冒頭シーンが流れた。
「ほんとうに何もないけど、そこに座っててくれるか?」
失礼にならない程度に部屋を見回しながら、カガリはテレビの前に置かれた小さなソファに腰かけた。
一人暮らしにしては随分大きな1LDKだったが、そう感じるのは部屋の間取りもさることながら、アスランの言葉通り、部屋に無駄なものがほとんどないことも原因のひとつだった。
日当たりの良い綺麗に整頓された部屋からは、生活感があまり感じられない。
けれども、大きな液晶テレビやスマートな電子家具からは、メカ好きだというアスランの趣向が垣間見えて、何だか微笑ましかった。
アスランはといえば、キッチンでお茶の準備をしている。
手伝うと声を掛けたものの、座っていてくれと言われたので、手土産に持ってきたお菓子だけ渡し、その言葉に甘えることにした。
「カガリは紅茶で良かったか?」
部屋を観察していると、ティーカップがかちゃりとテーブルに置かれた。
意外なことに、アスランはティーパックではなく、ちゃんと葉っぱで紅茶をいれたようだった。
「母が紅茶が好きで、習慣というか」
ほんの少し垣間見えたアスランの幼少時代と家族に、なんだかカガリは嬉しくなる。
アスランはお父様とお母様のどっち似なんだろうか。
アスランと一緒にいると、ふとしたときに彼から育ちの良さを感じるので、きっとお母様はお上品な方なんだろうとカガリは思った。
紅茶とカガリが持ってきたクッキーを二人でテーブルにセットする。
ビデオデッキにDVDをセットし、アスランがリモコンのボタンを押すと、大画面に映画会社のロゴが映しだされた。
鑑賞会の始まりだったが、カガリの意識は隣に座るアスランに向かってしまっていた。
彼がクッキーに手を伸ばし、口に運ぶ動作を横目でじっと見つめる。
「ん、なんだ?」
カガリの視線に気づいたアスランが不思議そうに、けれども優しく尋ねる。
「いや・・あの、それ美味しいか?」
カガリは視線でアスランの手にある食べかけのクッキーを指した。
「ああ。すごく美味しい。有難な、カガリ」
アスランの言葉に、カガリがぱっと綻んだ。
「本当か?それ、私が作ったんだ!」
「えっ・・・そうなのか?」
驚いてクッキーを見つめるアスランに、カガリの胸は幸せで満ちていく。
自分の作ったものを美味しいと褒められるのは、こんなに気分の良いものなのかと改めて実感した。
気分が高揚したカガリだったが、なかなか二口目をつけないアスランに、今度は不安が広がっていく。
私の手作りお菓子なんて、迷惑だっただろうか。
そういえば気を許した人以外の手作り料理は食べたくないという人もいるらしい。
「もう食べないのか?」
自己満足をアスランに押し付けてしまったことを早くも後悔しながら、カガリが恐る恐る尋ねると、アスランは困ったようにカガリに視線を向けた。
「いや・・・なんだか食べるのが勿体なくて」
そう言って、再び手元のクッキーに視線を戻す。
「カガリが作ってくれたものだと思うと・・」
「アスラン・・・」
じんわりと、さっきよりも深く広く、嬉しさと暖かさが胸に広がっていく。
一度落胆しかけたから、それは尚更だった。
「馬鹿。食べないと腐るだろ。また作ってやるからさ」
しかし、同時に激しい照れにも襲われ、カガリはついぞんざいな口調になってしまった。
こういうところが可愛くないのだと自分でも思うけれど、性格は変えられない。
しかしアスランはカガリの様子を特に気にする様子はなかった。
「カガリ、それ本当か」
エメラルドの瞳が、カガリを捉える。
「ああ。私はこう見えて料理が得意なんだ。いっつも自炊してるからな。お菓子だけじゃなくて、ちゃんとしたものだって作れるぞ」
カガリは胸を張った。
喜びと照れのせいで身体にたまった熱を発散するのに、得意分野の話をするのは都合が良かった。
「カガリは偉いな、俺はいつも出来合いのものばかりだ」
「お前、スポーツ選手なのに、駄目じゃないか。一番食べ物に気を使わないといけない人種だぞ」
「ついおざなりになってしまうんだ」
困ったように言うアスランに、カガリはため息をついた。
いつも美味しいレストランに連れていってくれるが、自分の食事のことになると一気に構わなくなるアスランが容易に想像できたからだ。
「アスランって食に興味なさそうだもんな。野菜とか食べてないだろ」
スポーツ選手の食生活。
栄養がバランスよく取れ、身体づくりに貢献できる食事。
唇に手をあて、考える。
「私だったら、ちゃんとアスランにあった献立を考えられるんだけどな。アスランの好きなロールキャベツも作れるし」
カガリの言葉に、アスランは嬉しそうに、ごく自然に爆弾を投げた。
「それは有難いな。なんだか、ずっと傍にいてほしくなる」
「えっ」
「あっ・・?えっ・・いや、その」
ぱっと顔を赤らめたカガリに、アスランが慌てて手を振る。
「いや・・・その、だから違うんだ。そういう意味じゃなくて・・・いや、ごめん」
わたわたと弁明するアスランだったが、下手なことを言わないほうがいいと思ったのか、諦めたように下を向くその頬はまだ赤かった。
「でも・・・ロールキャベツを作ってくれたら、嬉しいな」
そう言ったところで、液晶テレビの大画面から映画の冒頭シーンが流れた。