本編






「シン!大変だ!」

ユウナをカガリの部屋に通し、扉の前に控えていたシンの元に、同僚の護衛が血相を変えて駆け寄ってきた。

「プラントの王子が来ている。陛下に謁見したいと」

呼吸を整えないまま告げられた同僚の報告に、シンは腹の底から怒りが湧き上がったのを感じた。
裏で神王暗殺の糸を引いてた国の王子がやってくるなど、一体何のつもりなのか。
プラントからの贈答品はすべて突き返し、こたびの暗殺の首謀者は分かっているとオーブは意思表明すらしているというのに。

「ふざけたことを。兵の数は?」

「それが、たった三人の従者をつれているだけで・・・」

「え?」

いくらオーブが武力を持たない国でも、たった三人の従者だけでは何もできまい。
それに神王の護衛たちは武器を持ち人を殺めることを許可され選び抜かれた少数新鋭である。

(一体何を考えているんだ・・・?)

シンの頭に、ウズミの護衛として同席した謁見の場で目にした、物静かな青年が思い出された。
口数は少ないが、いつも冷静で思慮深そうな彼が、少なくともこの場でカガリに酷い仕打ちするとは思えなかった。

(ただの謁見ではない)

怒りが収まったわけではないが、謁見を申し込む王子に何か意図のようなものが見え隠れしている気がした。
神王の親衛隊であり、常に神経を張り巡らしていたシンは、自分の動物的勘を信じることにした。

「分かった。陛下には、俺が取り次ぐ」

シンはそう言って、扉を叩いた。








「何だと?」

シンの報告に、カガリは目を見開いた。
神王を暗殺したプラントの王子が自らここにやってくるだなんて、想像もしていなかった。
それと同時に、カガリの脳裏に鮮やかな青と緑の色彩が浮かび上がった。
それはアスランの髪と瞳の色だったが、カガリにとってはもう一つの忘れることのできない出来事を象徴する色彩だった。


二年前、雲一つない青空を飛んでいた、鮮やかな緑色の鳥。

城と神殿からほとんど出ることのないカガリが私室の窓から外を眺めていると、その緑色の鳥は真っ直ぐにカガリの元へやってきた。
その足には一通の手紙が括り付けられており、その白い紙に書かれた綺麗な文字を読んで、カガリは絶句した。

「なんと、無礼な・・・」

アスハ家は神聖な血筋を守るため、親族以外と結婚はしない。
それが、オーブの民ならまだしも、穢れた野蛮な他国の者など。

「ハウメアの娘である私に、よくもこのようなことを、ぬけぬけと・・・!」

カガリは白い紙を握りつぶした。

(だけど・・・)

プラントの王子が、アスハのしきたりを知らないはずがないのだ。
彼…アスランは知っていて尚、このような手紙をカガリに寄越したのだ。
濃紺の髪に、美しい翡翠色の瞳をした少年を思い浮かべると、何故だかカガリの胸は高鳴った。






「カガリィ、プラントの王子なんかと会う必要はないよ」

瞬きをするほんの一瞬、二年前のことを思い出していたカガリは、ユウナの手が自らの肩に置かれた感触で我に返った。

「それも立派な意思表示なんだ。そうだ!奴を捕らえて牢にいれてしまえばいい。そうすれば・・・」

ユウナは肩に置いた手に力を込めるが、カガリはユウナから目を逸らし、前方に立つシンに視線を向けた。
その金色の瞳は迷いで揺れていたが、やがて小さな声で言った。

「アスランを謁見の間へ通せ」
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