本編
「オーブめ、全て突き返してきおった・・・」
城の広間に置かれた宝石や絹をはじめとした色とりどりの財宝に、パトリックが悪態をついた。
「オーブの心情が分からないでもないですが」
取りつくようにそう言ったアスランにパトリックは厳しい目を向けた。
神王ウズミの崩御を悼んでプラントが送った財宝をオーブは全て送り返してきたのだった。
「アスラン、お前まさかこの期に及んで、まだオーブを、アスハを崇め奉ろうなどど思っていないだろうな」
「いいえ。もはやオーブはいにしえの負の遺産。今が潮時でしょう」
「数百年オーブに忠誠を誓ってきたプラントに神王暗殺の罪を被せた卑怯者の手に、あっさりひっかかるような者が神の化身のはずがない」
神王暗殺の知らせは、犯人が羽クジラのレリーフを持っていたという話とともに、翌日にはプラントに届いた。
パトリックはただちに、このたびの神王暗殺にプラントは全く関わっていないと伝える使者を出したが、カガリは使者を城に入れることもせず追い返したのだった。
「いにしえの亡霊には、消えてもらうしかあるまい。ただちに軍をオーブへ派遣するのだ!」
「お待ちください、父上」
怒りで高ぶったパトリックをアスランは制した。
「オーブに少しの猶予を与えましょう」
「こういうときは即効性が大事なのだ、アスラン」
「確かに他国との戦争ではそうでしょう。しかしオーブを神の国だと崇める者がいまだ多くいるのも事実です」
ザフトのようにオーブの神性を否定し滅ぼそうとする組織がある一方、ブルーコスモスのように盲目的にオーブを神と崇める組織もある。
何より農村や漁村で暮らす一般の民たちのほとんどはいまだにオーブを神の国だと信じている。
数百年続き、人の心に染みついた信仰心が、そう簡単に無くなるはずがないのを、アスランはよくわかっていた。
「武力のない神の国を一方的に滅ぼしたのなら、それはまた新たな混沌の火種になるでしょう」
「では、どうするというのだ」
アスランは父を見据えて、静かに、しかし力強く言った。
「私にまかせて頂けませんか。考えがあるのです」
政務を終え自室に戻ると、カガリはふらふらとベッドに向かい、倒れこんだ。
カガリはウズミ神王の葬儀が終わるとすぐに、新しい神王の座に就いた。
慣れない政務と父の葬儀でカガリの身体は疲れ切っていたが、肉体的よりも精神的な疲労の方が圧倒的に大きかった。
「お父様・・・、お父様・・・」
目から溢れる出る涙が真っ白なシーツを濡らした。
もう涙は枯れ果てたといつも思うのに、父のことを思うとそれはいくらでも出てきた。
(どうして・・・、どうして・・・)
死んでしまったのですか。
私を置いて逝ってしまったのですか。
そう何度も胸のなかで問いかけても、誰も答えてはくれない。
その空しさが、父を失った悲しみが、カガリの心をいつまでも捉えて離さず、カガリはひたすら泣き続けた。
「カガリ、いいかい?」
ドアがノックされたのは、三日月が空高くに昇った頃だった。
泣きつかれウトウトしていたカガリは、慌てて起き上がり、ベッドに突っ伏したせいでぐしゃぐしゃになった髪を撫でつけた。
それでも泣き腫らした顔はどうにも隠すことができない。
「泣いてたのかい?」
部屋にはいってきた従兄弟は、カガリの顔を覗き込みながら尋ねてきた。
「ウズミ様が亡くなって悲しいよねえ。分かるよ、ウズミ様は僕にとって叔父上でもあるんだから。だけど、ウズミ様の為に僕らが頑張らないと。そうだろう、カガリ?」
わざとらしいくらいの優しい声で語りかける従兄弟、ユウナの声に嫌悪感を感じながらも、カガリは頷いた。
彼が何を言いたいのか、もう分かっていた。
「だから一刻も早く僕たちの結婚式の日取りを決めないと」
神の尊き血筋を守るため、アスハ一族は同族のみとしか婚姻を結ばない。
カガリはこの世に生を受けたときから、三歳年上のこの従兄弟と結婚することが決まっていた。
それはカガリにとって、自然の摂理と同じくらい当たり前のことだった。
だから嫌だと思ったこともない。
嬉しいと思ったことも。
「次の満月がいいと思うんだけど、どうだい?」
「別にいつでもいい」
ぶっきらぼうな返事だったが、それでもユウナは満足そうに頷いた。
「きっとウズミ様も祝福してくれるよ」
卑劣な暗殺者によって無念のうちに死んだ父。
誰よりも尊敬する父親から受け継がれたオーブを守るのだと、カガリは無表情の仮面をかぶりながら、くじけそうな心を叱咤した。
城の広間に置かれた宝石や絹をはじめとした色とりどりの財宝に、パトリックが悪態をついた。
「オーブの心情が分からないでもないですが」
取りつくようにそう言ったアスランにパトリックは厳しい目を向けた。
神王ウズミの崩御を悼んでプラントが送った財宝をオーブは全て送り返してきたのだった。
「アスラン、お前まさかこの期に及んで、まだオーブを、アスハを崇め奉ろうなどど思っていないだろうな」
「いいえ。もはやオーブはいにしえの負の遺産。今が潮時でしょう」
「数百年オーブに忠誠を誓ってきたプラントに神王暗殺の罪を被せた卑怯者の手に、あっさりひっかかるような者が神の化身のはずがない」
神王暗殺の知らせは、犯人が羽クジラのレリーフを持っていたという話とともに、翌日にはプラントに届いた。
パトリックはただちに、このたびの神王暗殺にプラントは全く関わっていないと伝える使者を出したが、カガリは使者を城に入れることもせず追い返したのだった。
「いにしえの亡霊には、消えてもらうしかあるまい。ただちに軍をオーブへ派遣するのだ!」
「お待ちください、父上」
怒りで高ぶったパトリックをアスランは制した。
「オーブに少しの猶予を与えましょう」
「こういうときは即効性が大事なのだ、アスラン」
「確かに他国との戦争ではそうでしょう。しかしオーブを神の国だと崇める者がいまだ多くいるのも事実です」
ザフトのようにオーブの神性を否定し滅ぼそうとする組織がある一方、ブルーコスモスのように盲目的にオーブを神と崇める組織もある。
何より農村や漁村で暮らす一般の民たちのほとんどはいまだにオーブを神の国だと信じている。
数百年続き、人の心に染みついた信仰心が、そう簡単に無くなるはずがないのを、アスランはよくわかっていた。
「武力のない神の国を一方的に滅ぼしたのなら、それはまた新たな混沌の火種になるでしょう」
「では、どうするというのだ」
アスランは父を見据えて、静かに、しかし力強く言った。
「私にまかせて頂けませんか。考えがあるのです」
政務を終え自室に戻ると、カガリはふらふらとベッドに向かい、倒れこんだ。
カガリはウズミ神王の葬儀が終わるとすぐに、新しい神王の座に就いた。
慣れない政務と父の葬儀でカガリの身体は疲れ切っていたが、肉体的よりも精神的な疲労の方が圧倒的に大きかった。
「お父様・・・、お父様・・・」
目から溢れる出る涙が真っ白なシーツを濡らした。
もう涙は枯れ果てたといつも思うのに、父のことを思うとそれはいくらでも出てきた。
(どうして・・・、どうして・・・)
死んでしまったのですか。
私を置いて逝ってしまったのですか。
そう何度も胸のなかで問いかけても、誰も答えてはくれない。
その空しさが、父を失った悲しみが、カガリの心をいつまでも捉えて離さず、カガリはひたすら泣き続けた。
「カガリ、いいかい?」
ドアがノックされたのは、三日月が空高くに昇った頃だった。
泣きつかれウトウトしていたカガリは、慌てて起き上がり、ベッドに突っ伏したせいでぐしゃぐしゃになった髪を撫でつけた。
それでも泣き腫らした顔はどうにも隠すことができない。
「泣いてたのかい?」
部屋にはいってきた従兄弟は、カガリの顔を覗き込みながら尋ねてきた。
「ウズミ様が亡くなって悲しいよねえ。分かるよ、ウズミ様は僕にとって叔父上でもあるんだから。だけど、ウズミ様の為に僕らが頑張らないと。そうだろう、カガリ?」
わざとらしいくらいの優しい声で語りかける従兄弟、ユウナの声に嫌悪感を感じながらも、カガリは頷いた。
彼が何を言いたいのか、もう分かっていた。
「だから一刻も早く僕たちの結婚式の日取りを決めないと」
神の尊き血筋を守るため、アスハ一族は同族のみとしか婚姻を結ばない。
カガリはこの世に生を受けたときから、三歳年上のこの従兄弟と結婚することが決まっていた。
それはカガリにとって、自然の摂理と同じくらい当たり前のことだった。
だから嫌だと思ったこともない。
嬉しいと思ったことも。
「次の満月がいいと思うんだけど、どうだい?」
「別にいつでもいい」
ぶっきらぼうな返事だったが、それでもユウナは満足そうに頷いた。
「きっとウズミ様も祝福してくれるよ」
卑劣な暗殺者によって無念のうちに死んだ父。
誰よりも尊敬する父親から受け継がれたオーブを守るのだと、カガリは無表情の仮面をかぶりながら、くじけそうな心を叱咤した。