本編

神王が朝食の席で襲撃されてから一週間後、シンは神王の私室に呼び出されていた。

「シン、この間はそなたのおかげで助かった。感謝しておる」

「陛下のお役に立てて光栄です」

オーブの民でさえ滅多にその姿を見ることはできず、周辺諸国の王族たちが謁見を申し込まなければ会えない神の化身を前にして、シンは頭を下げた。
神王の部屋には、部屋の主である神王とシン、そしてシンの養父であるキサカの三人しかいない。
赤ん坊のころに親を亡くし、神王の側近であるキサカに引き取られたシンにとって、神王は敬い奉る対象であると同時にどこか懐かしく親しみを覚える存在でもあった。
神王はシンの答えに神妙にうなずくと、頭を上げるように命じた。

「儂は立て続けに三回も命を狙われた。そのことについて、そなたはどう思う」

「許されることではありません。仮にもハウメア神の化身である陛下のお命を狙うなど、死でも抗えない大罪でございます」

腹の底から湧き上がる感情にシンは拳を握ったが、それとは対照的に神王は苦笑し、呟いた。

「ハウメアの化身か・・・」

その悲しげな声の響きにシンはたじろいだ。

「儂はシン、そなたと同じように嬉しければ笑い、悲しければ泣き、理不尽な目に合うと怒る」

神王の意図がつかめず戸惑う心を見つめながら、静かな声で神王は続け、脇に立つキサカは黙ってそれを聞いていた。

「皆と同じように食事も睡眠も取る。歌も好きだし、絵も好きだ」

そこで神王はいったん言葉を切り、目の前の若者に告げた。

「他の者と、そなたと、なんら変わらん」

「ウ、ウズミ様!何を仰るのです!」

シンは慌てて声を上げた。
思わず神王の名を畏れ多くも口にしかけるほど動揺してしまっていた。
それほどの言葉だったのだ、神王の口からでた言葉は。
オーブの民をはじめ、オーブに忠誠を誓う近隣諸国の者はみな、神王をハウメア神の化身だと信じている。
神王を普通の人間だと言う者がいたら、速攻牢につながれる重罪だ。
それを神王自ら口にするなど、ありえないことだった。
それも今のこの情勢の中で。

シンの心の中を読んだように、ウズミは落ち着いて言った。

「アスハへの信仰心が揺らいでおる今の情勢下で、このようなことを言う儂を、そなたは愚かに思うだろうな」

「そんなっ!」

畏れ多くも神王に愚かだなんて感情は抱かないが、シンは神王は一体どうしてしまったのかと激しく動揺していた。

「だが、この情勢下だから言うのだ。このまま行っても、その先に明るい未来はないのだ。オーブは変わらなくてはならん」

「陛下・・」

「それに儂らがただの人間であると、お前は深層心理では理解しておるのだろう?」

「え・・・?」

不意に神王から優しい目で見つめられ、シンはたじろいだ。
その目は年長者が未来ある若者へと向けるような、驚くほど人間くさく暖かな目だった。
神王の言いたいことが分からないシンに、それまで黙っていたキサカが言った。

「お前はカガリ様に特別な感情を抱いているだろう?」

「キサカ様っ」

キサカの言葉にシンは飛び上がりそうになった。
王と側近の娘と息子として幼馴染のように育ったカガリにシンは確かに淡い想いを抱いていた。
アスハ家は神の血筋を重んじ、一族の者以外と絶対に結婚はしない。
ハウメア信仰が血となり肉となっているシンにとって、それは当たり前の事実でその掟を捻じ曲げてまで、カガリをどうこうしようなどとは思っていない。
それ以前に神の娘である姫にそんな想いを抱いていること自体が許されないことなのだった。
シンの恋は最初から叶うはずのない恋だったが、それでもその想いを消すことはできずに、せめて誰にも気取られないように隠していた筈だったのだが。

「恋心を持つということは、ハウメアの娘であるカガリのことを、一人の人間として捉えている証ではないか」

穏やかに自分を見つめる神王にシンは、頭を下げることしかできなかった。






その一週間後、神王は暗殺された。
オーブ安泰の祈りの為、一人でハウメア神殿にいるところを襲撃されたのだ。
ハウメア神殿はアスハの一族と限られた神官しか入ることのできない神聖な場所だった。
非常事態に駆け付けた護衛たちに殺された暗殺犯は、プラントの守り神である羽クジラのレリーフを持っており、犯行はプラントによるものだとオーブは断定した。
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