本編
「えっと・・あの・・」
「俺は・・今のこと、自分の都合の良いように解釈していいのか?」
狼狽えたカガリに、アスランは間髪入れずに尋ねた。
何か渇望するような、それは真剣な目だった。
「え・・」
「君が俺のことを想ってくれる日を、ずっと待とうと思っていた。だけど、そんな日は来ないと心のどこかでは諦めていた。だって君はアスハの姫で神王だったから。プラントの人間に心を許すことなどあり得ないのだと。それに、君が俺の妻になってくれただけで嬉しかったんだ。だから、それ以上は求めないようにと戒めていたけど・・・」
一呼吸置いてから、アスランは言った。
「君が泣いたこと、俺がいないと寂しいって思ってくれたからだと、自惚れてもいいのだろうか」
「アスラン・・」
逃げることは許されない、強い眼差し。
アスランの真剣な問いかけに、カガリは身体を強張らせた。
(私はアスランに置いて行かれて、どうして寂しいと思ったんだろう・・)
それは今まで無意識に向かい合ってこなかった、カガリの気持ちの奥へと繋がる問いかけだった。
「カガリ・・」
硬直してしまったカガリの手を、アスランは再び握った。
「君に色々な葛藤があるのは分かっている。だけど君が神王でなくなったって、オーブが形を変えたって、皆が望む世界は同じだ。誰もが平和で幸せに暮らせる世界。俺は二人でそんな世界を造っていきたいんだ」
目の前にある、深い緑の瞳。
(オーブの深海と同じ色だ・・)
そう感じたとき、カガリの胸を貫いたのは、彼への愛しさだった。
聡明で堂々としていて、だけど不器用なところもある優しい人。
カガリがなかなか心を開かないにもかかわらず、真摯で誠実な態度で接し続けてくれた。
今更ながらにそれを実感して、カガリの胸に熱いものがこみ上げる。
「アスラン・・」
目の前のアスランの顔が涙で滲む。
この環境を受け入れ幸せになることは、オーブやアスハ、歴代の神王に対する裏切りだと思っていた。
だけどアスランの言うとおり、詰まる所、皆が望む願いは一つなのだ。
ならば新しいやり方で、目指して行けばいい。
カガリなりの道筋で。
今まで脈々と受け継がれてきてものを捨てることは、とても怖いことだけれど。
「カガリ・・」
アスランが確かめるように、カガリの名を呼んだ。
カガリがアスランの手を強く握り返したからだ。
(私には、アスランがいる)
二人で幸せな世界を造ろうと、アスランは言ってくれた。
(だから怖くない、大丈夫)
そう思ったなら、全く新しい道を歩んでいくことに、恐れはもう感じなかった。
むしろその先には明るい未来があるような、そんな気さえする。
アスランとなら、それもきっと夢ではないはずだ。
だって、オーブの宮しか知らなかったカガリに、世界を教えてくれたのはアスランなのだから。
プラントの王子と、アスハの姫。
この二人が想いを通じ合わせたとき、何百年と代々受け継がれてきた神王はこの世から姿を消したのだった。