本編
カガリはぼんやりとした靄のなかを漂っている気がした。
乳白色の靄は温かく、そのなかに身を預けているのはひどく心地良い。
出来ることならずっとこうしていたいと願ったのだが。
靄が急速に薄れ、意識は段々と浮上していく。
それは、穏やかな夢の底からの目覚めだった。
「ん・・・」
小さく息を吐いて、カガリが薄目を開けると、白い肌がすぐそこにあった。
何も身に着けていない全くの素肌。
「カガリ・・目が覚めたのか?」
そう問われて、アスランと二人、ベッドで寝ていることに気が付いた。
目の前の身体の線を辿って視線をあげれば、心配そうな顔でこちらを見つめるアスランの顔があった。
(どうして、アスランが・・)
カーテンのかかった窓をカガリが横目で伺えば、まだ夜の闇は深いようだった。
「カガリ・・その、すまない・・。身体、大丈夫か?」
ぼんやりとしたまま、なかなか返事をしないカガリに、アスランが遠慮がちに、再び訪ねた。
(身体・・・)
立ち上がってみないと分からないが、特に異常はないように思えた。
「俺も勝手が分からなくて・・君を辛い目に合わせた。すまない」
辛そうに瞳を伏せるアスランを見つめるうちに、カガリの意識が段々と浮上していき、やっと頭が今の状況に追いついた。
アスランと同じベッドで寝ているわけを。
(そうだ・・私、アスランと・・・)
かっとカガリの顔が熱くなる。
そう、今宵二人は結ばれたのだった。
(やっ・・やだ・・!)
一旦事実に頭が追い付いてしまうと、カガリは慌ててアスランから視線を逸らした。
薄明りの下に惜しげもなく曝されたアスランの身体が直視できなくなってしまったのだ。
その逞しい身体に抱かれたのだと、まざまざと実感してしまう。
(あれ・・でも、私は裸じゃない)
アスランから逃れるように身体を丸めたカガリだったが、素肌のままのアスランと違い、自らは寝着を身に着けていることに気が付いた。
それはアスランの手によって脱がされたはずの寝着だった。
「すまない、俺が勝手に着せたんだ。起きたときに、その・・何も身に着けていなかったら、嫌なんじゃないかと思って」
カガリが疑問に思ったことに気が付いたのか、アスランが遠慮がちに言った。
確かに、目覚めたときに一糸まとわぬ姿だったら、多少動揺はしただろうが。
カガリにとって、アスランに服を着せてもらったということの方が問題だった。
アスランと結ばれて、途中から記憶がないのだ。
ということは、意識を失った、まるで人形のようなカガリに、アスランは服を着せてくれたということで。
(やだっ・・恥ずかしい・・!)
カガリは羞恥でますます身を固くした。
そんなカガリの態度に、アスランが何を思うか。
自分のことだけで頭がいっぱいなカガリに、アスランのことまで気が回るはずもないのは、仕方がないといえば、仕方がなかったのかもしれない。
「君のこと、労わってあげられなくて、本当にすまなかった」
「え・・」
アスランのほうをそっと伺うと、彼はひどく辛そうな顔をしていた。
カガリがアスランを見つめても、瞳を伏せたアスランと目が合うことはなかった。
「もっと丁寧にできれば良かったのに・・いや、そもそも、君の意思を押し流すようにして、強引にことを進めてしまって・・」
心底後悔しているという風に、アスランは言葉を紡いでいた。
(どうしてそんな顔をするんだ・・)
確かに、アスランは少し強引だった。
初めて男性に素肌を曝すという羞恥に耐えられず、カガリは何度かアスランから身体を隠そうとし、アスランはそのたびに力づくでカガリの身体を押さえつけ暴いたのだ。
それはとても恥ずかしいことだったが、しかしカガリに嫌悪感は産まれなかった。
けれでも、ただでさえカガリの純潔を散らした負い目があるのに、目覚めたあとのカガリの態度が固かったこともあって、アスランはカガリに壁を作られてしまったと思ったようだった。
「本当は君の決心がつくまで待つべきだったんだ。それなのに、俺は・・」
悲しげに呟いて、アスランはきしりと身を起こすと、ベッドの上に散らばった寝着を手早く身に着けた。
「すまない。もうしないから」
「アスラ・・?」
「俺は私室に戻るよ。だから安心しておやすみ。まだ真夜中だから」
そう言って微笑むと、アスランはゆっくりとベッドから立ち上がった。