本編

「もうこれで三度目だぞ・・・」

大広間の惨状を見渡しながら、先ほど弓を射た少年が苦々しげに呟いた。
中心に置かれていたはずの細長いテーブルは大きく斜めにずれ、椅子はほとんど倒れて転がっていた。
床には割れた皿が散乱し、朝食にと用意された料理はすべてグシャグシャになっているのを、召使たちが無言で片づけている。
皆、沈痛な表情を浮かべていた。

「神王を暗殺しようとするなんて、正気じゃない・・・」

重苦しい雰囲気に拳を握りしめ、怒りに震える少年のもとへ、パタパタという足音が向かってきた。

「シン!シン!」

その声にシンは勢いよく振り返ると、金髪の少女が泣きはらした顔でこちらにやってきた。

「カガリ様!陛下は・・・っ」

「倒れた拍子に身体を打ち付けただけだって・・・お医者様が・・・」

「そうですか、良かった・・・」

シンはほっと息をついたが、カガリは未だに身体を小刻みに震わせながら、潤んだ金色の瞳でシンを見つめ、そして抱きついた。

「シン・・・シン・・・、お前がああしてくれなかったら、今頃お父様は・・・」

気が動転しているのだろう、カガリはシンの胸に顔を埋めて、再びしゃくりあげ始めた。
無理もない、自分の父親が暗殺されそうになったのだ。
しかも自らの居住である城の大広間で。
それに何より、カガリの父は普通の人間とは違う、特別な人なのだ。
シンはカガリの気持ちが痛いほど分かって、優しく金糸を梳いてやった。

「どうか落ち着いて下さい・・・カガリ姫様・・・」

震えるその身体を愛しいと思いながら。

「陛下はご無事だったのですから」

「でもっ、でも・・・もうこれで三回目だ・・・」

「大丈夫です。陛下のお命は私が命を懸けてお守りしますから。先ほども、姫様は見ておられたでしょう?」

シンは先鋭で揃えられた神王の護衛たちのなかで、一番の弓の使い手だった。
カガリの脳裏にシンの放った矢が一寸の狂いもなく、暗殺犯の心の臓を貫いた先ほどの光景がよみがえり、尚一層シンに縋りついた。

「シン・・・」

自らにしがみ付いてくる姫が愛しくて、シンは心のなかで誓った。

どんなことがあっても、アスハ家を、オーブを守ってみせる。

それはもう幾度となく繰りかえし唱えた誓いであった。











「また神王が暗殺犯に狙われたか・・・」

部下からもたらされた報告に、プラントの王子であるアスラン・ザラはため息をついた。

「犯人はどこの者だったのだ?」

「黒曜石の数珠を所有していたことから、アメノミシハラの者かと」

「そうか・・・」

アスランは窓の外に視線を向けた。
その美しい翡翠色の瞳は憂いによって重く濁っている。

(プラントの者ではなかったということだけ、マシか・・・)

そんなことを思うも、どこの国の者が犯人なのだということは、もはや大した問題ではないと自嘲した。
オーブの神王が狙われているという事実こそが、もはや歴史を動かす大問題なのだ。





オーブは武力を持たない国だった。
信仰心によって、人や国を従わせる。
その昔この世界はハウメアの神によって作られたという神話が各国で残されており、そのハウメアの化身であるというアスハ家が治めるオーブに、その他の国は忠誠を誓った。
オーブの北に位置するプラントもまた、しかり。
そして数百年のあいだ、プラントをはじめその他近隣諸国はオーブを他国の侵略から守り、貢物をささげてきた。
しかし近年では、見返りもないのに何故オーブに対してそんな犠牲を払わなくてはならないのかという声が各国で噴出している。
他国を蔑むオーブの選民思想への反発と、薄れゆく信仰心の表れだった。
その声はもう無視できない程に大きくなり、オーブを滅ぼそうとするザフトという組織が形成され、オーブに絶対の忠誠を誓うブルーコスモスと反発しあっている。
両者で大規模な争いはまだ起らず膠着状態が続いているが、いつこの張りつめた糸が切れるか分かったものではない。
おそらくプラント王家でも、ザフトに加入した者はかなりの数になっているはずだ。
そうした情勢のなかで起きた、三度目の神王暗殺未遂事件。



(カガリ様・・・)

アスランは金色のオーブの姫を脳裏に思い浮かべた。
プラント王のパトリックと共に神王に謁見する際、いつも気づかれないように見つめていた神王の娘。
それはハウメアの娘と称されるオーブの姫への、許されない想いだった。

(カガリ様はさぞ落ち込んでおられるだろうな・・・)

窓の外、暗雲立ち込める空を見ながら、アスランはもうすぐ激動の渦に飲み込まれるであろう姫のことを想った。






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