本編
「おい。今日は式の打ち合わせだろう。それなのに、こんな服でいいのか?」
鏡の前でカガリは腕組みをしながら、ルナマリアに問いかけた。
今朝ルナマリアが用意して、今カガリが着ている服は、緑色の堅苦しくないドレスだった。
胸元にはオレンジの花が付いていて、スカートの裾は透けている。
パーティーならともかく、打ち合わせに行く恰好ではない。
まるで貴族の娘が外出するような恰好だ。
「その打ち合わせなんですけど、午後からになりました」
ルナマリアがカガリを燭台に座らせ、髪を二つに結わい始めた。
「何か問題があったのか」
「いいえ。午前中はアスラン様がカガリ様にプラントを案内したいと仰せになりまして、予定が変更になったんです」
輝く金髪に、胸元とおそろいのオレンジの花をつけながら、ルナマリアが事も無げに言った。
「そんなこと、私は聞いていないぞ!」
「ああ。昨日の夜、急きょアスラン様から申し入れがあったものですから。ご報告しようとしたら、カガリ様はもうお休みでしたし」
昨夜アスラン付の召使が来たことをカガリは思い出した。
「アスラン様なんて寝る間もないくらいお忙しいのに。愛されてるんですね、カガリ様は」
女友達に話しているような、明るく気軽な口調は、女官が主人に使うには適切ではないのだが、ほぼ身一つでプラントに来たカガリには、その気安さが逆に嬉しかった。
敏いルナマリアもそれを承知していて、あえてカガリには気軽に接している。
カガリがプラントに来て約二週間、二人の間には、信頼関係が結ばれていたのだが。
「お前、何を言うんだ!」
今の言葉には、素直に頷くことができなかった。
「あら、そんなに照れなくたっていいじゃないですか」
「照れてなんかいないっ」
「まあどっちでもいいですけど。でもカガリ様と一緒にいるときのアスラン様は、今まで私が知っていたアスラン様とはまるで別人ですよ」
「別人?」
「ええ。お二人が一緒にいるのを見たのは、カガリ様が王宮に入られたときだけですけど。それでも王子が、あんなに優しい目をされてるところなんて、今まで見たことありませんでした。どっちかっていうと、いつも冷静で寡黙な印象でしたから」
(そう・・なのか・・)
ルナマリアの言葉を聞いて、カガリは頬が熱くなるのを感じた。
熱の原因は、胸の底から湧き上がってくる嬉しさだとは、気がつかなかったけれど。
「カガリ、馬に乗るのは初めて?」
赤毛の馬を見上げながら、カガリは頷いた。
馬に乗ることはおろか、馬車にすら乗ったことがない。
オーブでの移動手段は、いつも牛車だった。
「馬は敏い生き物だから、怖がらなくて大丈夫だ。特にこのジャスティスは、小さい時からの、俺の友達なんだ」
アスランはカガリの細い腰を抱きかかえ、軽く持ち上げると、ジャスティスに背中に乗せた。
「うわっ・・」
初めての乗馬に動揺するカガリに微笑むと、アスランもふわりと馬に飛び乗った。
「行くよ、カガリ。しっかり捕まっていて」
アスランはカガリを後ろから抱きこむように手綱を握ると、馬を走らせた。
馬は緑の森のなかを、穏やかに駆けていた。
最初は身を縮こめていたカガリだったが、しばらく乗っているうちに、段々と乗馬に慣れてきた。
馬が地を蹴るリズムや、身体を切る風が気持ちいいとさえ感じる。
もちろんアスランが、巧みに馬を調整して走らせているからだ。
「でも、いいのかよ」
余裕の出てきたカガリは、ずっと気になっていたことを口にした。
「何が?」
背中越しにアスランの声が聞こえて、心臓がドクンと高鳴るのを感じたが、カガリはそれを隠して続けた。
「供の一人もつけないで、城の外に出て」
アスランとカガリは護衛をつけずに、二人だけで外出していた。
いくらお忍びとはいえ、仮にも王子とその婚約者が、護衛を着けずに城の外に出るのは危険極まりない。
オーブでは考えられないことだった。
「いいんだよ。ディゼンベルは安全だからね」
しかしカガリの懸念をほぐすように、アスランは穏やかに言った。
「それに・・・もし何かあっても、君は俺が守るよ」