本編

自分とアスランの唇が重なって。
強く拘束されているわけではない。
振り払おうと思えば簡単にできるのに、何故だかカガリは動くことができなかった。

(どうすればいいんだ・・・)

拒絶すればいいのか、受け入れればいいのか。
口づけにどう反応すればいいのか分からなくて、ただただカガリは硬直していたが。
唇が重なっていたのは、短い間だった。
アスランは口づけを深めることはせず、静かに唇を放した。

「申し訳・・・ありません」

カガリは呆然とアスランを見つめたが、その視線を避けるように、アスランは俯いた。
それでもカガリはアスランを見つめ続けた。
謝罪が欲しいわけではなかった。
ただカガリは知りたかったのだ。
彼の行動の意味を。
彼が自分に口づけをした理由を。
だけど、そんなことは分かり切っていた。
たった今、アスランの想いを聞いたばかりだった。

(アスランは、私のこと・・・)

カガリはきゅっと羽織っているアスランの上着の裾を握りしめた。

「戻りましょう。風が出てきました」

口づけのことも、カガリに告げた言葉にも触れず、アスランはいつも通りの口調でカガリを船内へと促した。

「さあ、カガリ様。お体を冷やしては大変ですから」

先導するように数歩前を歩き、アスランは船内へと続く扉を開けたのだが、カガリは船床を睨み付けたまま、そこから動かなかった。

「カガリ様、どうぞ中に・・・」

「カガリだ・・・」

「え?」

留まったままのカガリに、アスランは再度船内へと促そうとしたのだが、くぐもった声に遮られてしまった。
言葉の意味が分からず、首をかしげたアスランを、カガリはきっと顔を上げて睨み付け。

「カガリだ。さっき船が揺れたとき、そう呼んだだろう。だったらずっとそう呼べよ」

そう一気に捲し立てると、ふいっとそっぽを向いた。
恥ずかしさで、アスランを直視することができなかったのだ。
口調も照れを隠すため、何だか怒り口調になってしまった。
照れていると、アスランに知られたくない。
ばれたら、かっこ悪いし、恥ずかしい。
そう思うのに、顔が、頬が勝手に熱くなって、心臓がドクドクと高鳴ってしまう。

(動けない・・・どうしよう)

身体を覆う羞恥に、居たたまれなくて暗い海を睨み付けていたカガリだったが。

「カガリ・・・」

不意に名前を呼ばれた。
だけど、呼びかけではない。
独り言のような、声に出して音の響きを確かめるような、そんなアスランの呟きだった。
名前を呼んだことさえ、気が付いていないのかもしれない。
ちらりと視線だけをアスランへ向けると、彼は呆然とこちらを見つめていて、カガリは慌てて視線を海の彼方へと戻した。

そうして、どれくらい時間が経ったのだろう。
実際二人の間の沈黙は、おそらく一分にもみたない間であったが、カガリにはとてつもなく長く感じられた。

「戻りましょう。いや・・・」

もう走ってこの場から逃げてしまおうかと思ったとき、アスランが沈黙を穏やかに断ち切った。

「戻ろう、カガリ・・・」

優しい声音に導かれて、ハッと再び視線をアスランに向けると、彼は嬉しそうに、本当に嬉しそうな蕩けるような甘い瞳で、カガリを見ていた。

「明日また甲板に連れてきてあげるから」

深いエメラルドが明るく輝いて、端正で大人っぽい彼の顏が年相応の、自分と同じ十七歳の少年に見えた。

その顏を、その瞳をもっと見たい。
その声をもっと聴きたい。
カガリは無意識にそう思った。

アスランは無駄な戦をすることなく、オーブを戦火から救ってくれたが、カガリは今までどうしても彼に素直に感謝することはできなかった。
彼はオーブを焼きはしなかったが、結局オーブはプラントに飲み込まれることになったのだ。
それがたとえ自治領として、オーブの文化と権利がある程度認められていても、あっさりと受け入れることは難しかった。
だがプラントに飲み込まれずにいたとしても、いずれオーブは他の国に滅ぼされていただろう。
きっと他の諸国はプラント程、オーブに寛大な処置をとらないはずだ。
そう断言できるほど、またいつオーブが争いの火種になるか分からないにも関わらず、プラントのオーブに対する処遇は異例なくらいに寛大だった。
それもみんなプラント国王へのアスランの進言のおかげだということを、カガリは知っている。
それでも今まで、カガリはアスランを受け入れることなどできなかったのだが。




「ああ・・・」

扉を開いてカガリを待っていてくれるアスランにぶっきらぼうに返事をして、カガリは歩き出した。

複雑な思いから、アスランへの頑なだった心が、柔らかくほぐれていくのを感じながら
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