本編

室内よりも外の風に当たらせた方がいいと思い、シンは城の中庭に備え付けている椅子にカガリを座らせた。

「陛下、ご気分のほうは・・・」

「大丈夫だ。すまない」

心配そうに覗き込んでくる赤い瞳を安心させるように、カガリは微笑んだ。
しかしその微笑は痛々しくて、一層シンの庇護欲を掻き立てたが、カガリはそれに気づくことなく、ポツリと呟いた。

「月食の日まで、あと三日だな」

差し迫ったその期限に、シンは哀しそうに目を伏せた。
二人残された謁見の場で自失呆然だったカガリを抱きしめ、繰り返し大丈夫だと言ったあの日から一週間以上経っていたが、オーブはいまだ明確な対応策が出せていない。

「正直どうしていいか分からない。色んな問題が目の前に突き付けられて。私は今まで何も考えてこなかったからな」

「陛下・・・」

カガリの声音は追い詰められたオーブの状況を嘆いて悲しげだったが、それだけではなかった。
その声には、世間を知ろうとしなかった自分、また見せてくれなかったアスハへの憤りと嘆きが含まれていた。

「私は己が無知だということさえ知らなかったんだ。アスランはそれを教えてくれた」

アスハ一族として生を受けたカガリは、今まで城と神殿からほとんど外に出たことはなかった。
神の化身であるアスハの清らかな心が、俗物にまみれないようにというアスハのしきたりの為だったが、それでは駄目なのだとカガリは身をもって知った。
アスランの怒りに満ちた目。
その手に握られた乾いた髪の束。

「私は世の中の綺麗なところしか見てこなかったんだ。人々の苦しみや嘆きを知らない者が、神王として教えを説いても、それは綺麗ごとにしかならないんだろうな」

「では、陛下はアスラン王子と・・・」

戸惑いがちに訪ねてくるシンの声に、カガリは首を振り、はっきりとした声で言った。

「だけど私には数百年続いたオーブの歴史を経つことなど、できない」

確かにアスランの言ったことはカガリの胸を突き、自分がいかに外の世界を知らず、この穏やかなな生活が何を代償にして得られているか知った。
だけどだからといって、プラントに嫁ぐわけにはいかなかった。
もし神王である自分がプラントの王妃になったら、オーブはプラントのものになり、神の国ではなくなってしまう。
神の国でないオーブなど、もはやオーブではない。
プラントの属国になるのは、滅亡と同じだ。
オーブの滅亡。
それだけは絶対に避けなければならない。
しかし、カガリがアスランの求婚を跳ね除けたところで、待っている道は同じだ。
この近隣諸国で随一の強さを誇る軍隊がオーブに攻め入ってくるだけ。

「本当に火山が火を噴いてくれたら、助かるんだがな」

そう言って自嘲めいた笑みを浮かべるカガリを、シンはつらそうに見つめていたが。
やがて意を決したように口を開いた。

「前神王・・・ウズミ様は以前、仰っていました。自分は・・・人だと。オーブは変わらなくてはならないと」

「お父様が・・・」

シンの言葉にカガリは目を丸くした。
父が・・偉大なる神王で、大好きだった父がそんなことを。
もしかしたら、彼はこうなることを既に予測していたのかもしれない。
だけど、ことを起こす前に暗殺されて。

(お父様)

カガリはギュッと拳を握った。
どうしようもなく、父に会いたかった。
彼だったら、どうするのかが知りたくて堪らなかった。

けれど、ウズミは既にこの世にはなく。


カガリは答えを見つけられぬまま、とうとう月食の日を迎えた。
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