本編




シンは、しばらく動けなかった。
格の違いをはっきりと見せつけられた気がした。
ほとんど年は変わらないはずの王子と自分の間にある明確な差を感じて愕然としていたシンを、絶望や驚愕といった感情の渦から引きあげたのは弱弱しい声だった。

「シン・・・私は・・・」

「陛下!」

弾けれたように身体をピクンと反応させると、シンは玉座に座るカガリに駆け寄った。
覗き込んだカガリの顔は真っ白で、瞳は何も映してはおらず、ただ唇を震わせ、うわごとのように言葉を噤む。

「どうしたらいいんだ、私は・・・」

「陛下!しっかりして下さい!大丈夫ですからっ」

励ますようにシンはカガリの肩に置いた手に力を込めた。
だけどその励ましの言葉が一時の気休めでしかないことは、シンもよく分かっていた。
一体何が大丈夫なのだろうか。
プラントの軍隊がオーブに攻め入ってくるというのに。
伝承にあるとおり神が怒り火山が火を噴けば、プラントは神王の神性を認めるが、もしそのような奇跡が起こらなければ、軍は進軍を続けオーブを神王ともども滅ぼす。
それが嫌なら神王の身を捧げよとアスランは言ったのだ。
どうしたらいいのかなんて、シンにだって分からなかった。
ただ幼いころからずっと一緒に育ってきた少女の震えと怯えを取り除いてやりたくて、一心に言葉を発し続けた。

「大丈夫ですから。神王の身は私がお守りしますから!だから大丈夫です・・・!」

まるで自らもその言葉に縋るように、何度も何度も大丈夫だと繰り返した。








「プラントを何とか倒す手立てはないのか?このオーブの危機に他の国々は一体どうしている?」

「アメノミシハラを始め、どの国からも返事がありません」

「何ということだ・・・神の国が滅ぼされようとしているのに・・!」

騒ぎ立てる大臣たちの声もどこか遠く、カガリはぼんやりと閣議場の椅子に座っていた。
アスランがカガリに謁見した日から毎日、オーブの大臣や神官が一同に集まって、来る月食の日に備え話し合いを行っていた。
しかし、今のところ一向に解決策は見つからなかった。
逆国プラントを成敗せよと他国に御触れを出したものの、オーブに味方をすると名乗り出た国はなかった。
近海で一番の軍事力を持つプラントと戦をするのが恐ろしいという思いもあるだろうが、近隣諸国もプラントと同様オーブとアスハを見限っていたのだ。
もはやオーブには神威も威光もなく、目の前には滅亡という道がすぐそこまでせまってきてた。
一つの選択肢を除いては。

「しかし、陛下をプラントの王子に差し出すなど・・・それではまるで人身御供ではないか」

「武力で脅し、陛下を娶らせよなどど・・なんと卑怯な。俗人の考えそうなことだ」

大臣たちの言葉にピクンとカガリの肩が揺れ、傍らに立っていたシンがカガリの顔を覗き込む。

「陛下、大丈夫ですか?お顔が真っ青ですよ」

「ああ大丈夫だ・・・、すまない」

言いながら、カガリの脳裏にプラントの王子の姿が蘇った。
あの謁見の場での、毅然とした翡翠色の瞳を。

(私は・・・)

カガリの瞳が揺れるのを見ると、シンは迷うことなく大臣たちに告げた。

「申し訳ありません、陛下のご気分が優れないようなので、退出させて頂きます」

「シン・・・!」

退出の申し出に驚いたカガリの肩に手を添えて、シンは有無を言わさずカガリを閣議室の外に連れて行った。
パタン・・と重厚な扉が閉まり閣議室がより一層重苦しい空気に包まれると、部屋に残された大臣の一人が暗い声でつぶやいた。

「陛下もあれからずっとご気分が優れない・・・」

「当然だ。滅亡か結婚か・・・そんな残酷な選択を迫られて・・・」

「神王をプラントの王子に渡すなど、絶対に許されないことだ。そんなことになったら、歴代の神王たちがどれほど嘆くことか」

「しかし一体どうすればプラント軍を抑えることができるのだ・・・」

どの大臣と神官の顔にも疲労が色濃く浮かんでいた。
皆途方に暮れ、追い詰められ絶体絶命なこの状況を嘆き恨むことしかできなかったのだが。

「大丈夫です、皆さん。オーブを、神王を私が守ってみせますよ。」

「ユウナ殿・・・」

重ぐるしい空気が満ちた閣議室に、やけに自信に溢れた声が響き、皆の視線が声の主、ユウナに注がれる。
ユウナは閣議室の一番端の椅子に、くつろいだように腰かけていた。

「ユウナ殿、それは一体どういう意味でしょうか?何か策があるのですか?」

大臣の問いにもったいぶって頷くと、ユウナは不敵な笑みを浮かべた。

「まあ見ててください。月食の日に私の政治的手腕をお目に掛けましょう」
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