本編
アスランの言葉に、すうっとカガリの顔から血の気が引いた。
ザフトとブルーコスモスが国や人を巻き込み、オーブ存続をめぐって争いをしていることはカガリもよく知っていたが、他人からはっきりと突き付けられたのは初めてだった。
色を失い真っ白になったカガリの顏から目を逸らさずに、アスランは厳しい声で続けた。
「その存在が争いを呼ぶ。そのようなお方がどうして神の化身などでありましょうか」
「それは・・・さっき言ったように、お前たちがアスハへの忠誠心をなくしたから・・・」
ともすれば、声を詰まらせてしまいそうだったが、カガリは気丈に続けた。
「私は争いなど、そんなことは無くしたいのに、お前たちが薄汚い欲を持つから、争いは無くならないんだ」
しかしアスランはたじろぎ戦くカガリに容赦しなかった。
「ブルーコスモスやザフトのことだけを言っているのではありませんよ」
「え?」
「オーブの持つ豊かな資源を狙う数多の国から、オーブを守ってきたのは、我々プラントをはじめとする近隣諸国です。あなた様が野蛮だと蔑まれる血にまみれた兵士たちが、命をかけてあなた様たちを守ってきたのですよ」
怒りの混ざった声でそう言うと、アスランは上着の内ポケットから、持ち運ぶにはやや大きい革でできた袋を取り出し、中身を大切にそうに床に並べた。
それは、緑や橙の色とりどりの髪の毛だった。
アスランを戸惑ったように見つめているカガリに、アスランは目を伏せながら静かに言った。
「これは、オーブを侵略者から守る為の戦で命を落とした、私の仲間たちの髪の毛です」
ぴくんとカガリが反応するのを空気で感じて、色ごとに一房一房まとめられている髪の毛を、アスランは丁寧に一つずつ取りあげた。
「この髪の毛は、ラスティといって私と同じ隊に所属していた少年のものです。明るいムードメーカーでしたが二年前のパナマとの戦の際、偵察として単身敵陣に乗り込み、そこで死にました。彼の死体は誰だか判別つかない程に顔が腫れあがって、この髪の色でやっと打ち捨てられボロボロになった死体がラスティだと分かったのです。この金髪の髪はミゲルのもので、彼はラスティの無残な死を憤って戦に出たのですが、毒矢に当たって苦しみながら死にました。彼には年の離れた病気の弟がいて、最後の最後まで弟のことを気にしていました。そして、この緑色の毛は二コルという少年のものです。彼はオーブ近海戦のおり、敵にやられそうな私をかばい、強烈な一太刀をもろに受けて死にました。音楽が好きでまだ十五歳の優しい少年でしたが、それでもオーブを守るために戦っていた。ニコルが助けてくれなかったら、私は今ここいないでしょう。彼らは皆、夢もあったし、大切な家族や友人、恋人もいた。オーブを守るために志半ばで死んでいった彼らのことを血にまみれた野蛮な兵士だと言う者がいたら、それは血も涙もない鬼だ」
カガリは息を止めて、潤いなどとうの昔になくなった、パサパサに乾いた髪を見つめていた。
何と言っていいか分からなかった。
ずっと城と神殿で暮らしていたカガリにとって争いは、遙か彼方で行われる野蛮なものだという認識でしかなく、このような若者が戦場をかけているなど考えもしなかった。
いや、戦場を駆ける兵士のことを、一人の人として捉えることすらしていなかった。
今初めて、争いを概念としてではなく、現実にある生々しいものとして知り、その恐ろしさと惨さに押し潰されてしまいそうだった。
「我々はずっとこのような血と涙を流しながら、オーブの、神王の為に数百年戦った来たのです。それを美化しようなどとは思っておりません…」
再び髪の毛を袋の中に丁寧に戻し、上着のポケットにしまうと、アスランは静かに言った。
「しかし誰の為でもない、オーブの為に命を落とした数えきれない兵士のことを弔うこともせず、争いを野蛮だと蔑むだけのお方が神の化身だとは思えないのです…」
先ほどの静かな怒りを含んだ声とは違う、哀愁に満ちた声だった。
「カガリ様・・・」
不意にアスランから昔のように名前で呼ばれ、カガリはぼんやりとアスランに視線を向けた。
先ほど見せられた乾いた髪が、アスランに突きつけられた現実が、カガリの思考力を奪っていた。
生気のないカガリの顔を見ながら、アスランは言った。
「もし、あなた様が本当に神の化身、ハウメアの娘であるというなら、どうか我々に証拠を見せてください」
「え・・・」
「二週間後に訪れる月食の日に、我々はプラント軍を率いてオノゴロへ上陸致します。もし、あなた様がハウメアの娘であるのなら、伝承にある通りオーブの火山が火を噴いて、我々の進軍を阻止するでしょう」
初めて会った時から目を奪われ、何度も心のなかで思い浮かべていた金色の姫を見つめながら、アスランは深く息を吸って続けた。
「ですが・・もしそのような奇跡が起こらなかった場合は、どうかカガリ様、その身をこの世界の平和の為、私に捧げてください」
カガリの金色の瞳がわずかに見開かれた。
「ご自分を人として認め、私と結ばれる決意をされたときは、青色の旗を掲げてください。緑色の旗が上がった時、プラント軍の進軍はそこで止まります」
そう言ってアスランはカガリに深く頭を下げると、そのまま謁見の間から出て行った。
退出の許しを得ることなく去っていくアスランの背中を、カガリとシンはただ呆然と眺めることしか出来なかった。