本編
二年ぶりに目にしたプラントの王子は、記憶のなかの彼よりも大人びて、知性と強さを兼ね備えた青年になっていた。
プラントを敵国とみなしたオーブの中枢に丸腰で入ってきているにも関わらず、落ち着きはらったその様子は気品に満ちていて、カガリは内心苛立った。
そんなカガリの心の内を知ってか知らずか、アスランは洗練された動きで跪き頭を垂れた。
「御目通りを許して頂き、有難うございます。このたびのウズミ様のこと、心からお悔やみ申し上げます」
「よくもそんなことが言えるな!」
神王として厳粛に対応しようと何度も自分に言い聞かせていたが、腹の底から湧き上がる怒りを抑えることはどうしてもできなかった。
人前で感情的になるなど、神王としてはあってはならないことだ。
しかしカガリの斜め後ろに無表情で立つ、この謁見の場に護衛として同席を許されたただ一人の人物、シンもそれを窘めることはしなかった。
彼もカガリと全く同じで、腹の底に怒りの焔を燃やしていたからだ。
「どういう意味でしょうか。私がウズミ様のことを偲ぶのはおかしなことなのですか」
しかしアスランは跪いたまま顔を上げ、まっすぐとカガリを見つめた。
その翡翠色の瞳からは当然なくてはならないはずの後ろめたさが見当たらず、カガリはますます頭に血を昇らせた。
「しらじらしい!お父様を暗殺した犯人は、羽クジラのレリーフを持っていたんだぞ!」
「確かに羽クジラはプラントの守り神ですが、だからといって暗殺者をプラントの者と決めつけるのはいささか軽率ではないですか。とても思慮深い神王のなさることとは思えない」
「何だと?!」
アスランの言葉にカガリは椅子から身を乗り出した。
「プラントがオーブを、アスハを疎んじているのを我々が気づいていないとでも思っているのか?!」
怒りで勢いづいたカガリに動じることなく、アスランは一呼吸の間をおいてから言った。
「では我々プラントが神王を疎んじ、ウズミ様を暗殺したと。あなた様はそう仰りたいのですか」
「それ以外にお父様が殺される理由などない!お前たちはアスハを滅ぼして、オーブの威光を自分たちのものにしようとしているのだろう!」
「それならば、ウズミ様をわざわざ暗殺する必要など、我々にはどこにもない」
眉をひそめたカガリに、アスランは厳しい目を向けた。
「プラントはこの海で1、2を争う軍事大国です。それ故オーブを数百年の間、他国の侵略から守ってくることができたのですよ」
アスランが何を言いたいのか分からず、怪訝そうな琥珀を向けてくるカガリを見つめながら、アスランははっきりとした声で言った。
「分かりませんか。それは裏を返せば、我々がこの武力をオーブに向けようと思えば、一瞬でこの国を滅ぼすことができるということです。暗殺などまどろっこしいやり方をする必要はどこにもありません」
「この逆賊が・・・っ!」
プラントの王子のあまりの言葉に、カガリが椅子から立ち上がろうとするのと、シンが荒げた声を出したのは、ほぼ同時だった。
「黙って聞いていれば、神聖なる神王になんてことを!オーブを滅ぼしてみろ!神の化身を失ったこの世界は破滅の道を辿る!」
一歩前に出て腰にさした長剣の柄を握りながら、シンはアスランを睨み付けた。
「そうなる前に俺が、浅ましく醜い欲を持ったプラントの王子の首を、本国へ送りつけてやる!」
しかしアスランはシンに視線を向けることなく、カガリをじっと見つめていた。
「あなた様もそう思われますか。オーブを、アスハを失ったら世界が滅びると」
「当たり前だ!アスハは神の子孫であり、神の化身!世界が平和に、人々が穏やかに暮らしていけるのもオーブがあってこそだろう!」
世界を秩序立て平和な世にする。
それが神王をはじめとするアスハ一族の存在意義だった。
もし現世の神であるアスハがこの世から消えたなら、それは世界の破滅を意味する。
なぜ今更、数百年受け継がれてきた、そんな当たり前の世の理を、アスランが問うてくるのか、カガリは理解できなかった。
「アスハが毎日祈りを捧げ、神の化身としての役目を果たしているからこその暖かく平和な世界だ!お前もそれはよく分かっているだろう!」
「恐れながら、私はそうは思いません」
そう言うなりアスランは立ち上がり、目を見開くカガリを厳しい目で見据えた。
「今の、この世の中が平和だと、到底私は思えません。度重なる戦争、渦巻く陰謀による醜い争いが至る所で見られます」
「それは・・・お前たちがアスハへの信仰をないがしろにしているからじゃないか」
固い声でカガリは言った。
深い藍色をまとった彼は、何百年もの間誰もが畏れ多く踏み込めない部分に、何故こんなにも冷静に切り込んでくるのか。
それを不快に思いながら、カガリは続けた。
「お前たちが以前のように、アスハへの信仰を取り戻せば、平和で暖かい世界は再び取り戻せる。私はその為に、神王として祈り続ける!」
「いいえ。残念ですが、それで世界は平和になどなりません」
アスランは首を振った。
「今現在、この近隣諸国で起こっている争いの火種のほとんどは、オーブが、アスハが原因なのですから」
プラントを敵国とみなしたオーブの中枢に丸腰で入ってきているにも関わらず、落ち着きはらったその様子は気品に満ちていて、カガリは内心苛立った。
そんなカガリの心の内を知ってか知らずか、アスランは洗練された動きで跪き頭を垂れた。
「御目通りを許して頂き、有難うございます。このたびのウズミ様のこと、心からお悔やみ申し上げます」
「よくもそんなことが言えるな!」
神王として厳粛に対応しようと何度も自分に言い聞かせていたが、腹の底から湧き上がる怒りを抑えることはどうしてもできなかった。
人前で感情的になるなど、神王としてはあってはならないことだ。
しかしカガリの斜め後ろに無表情で立つ、この謁見の場に護衛として同席を許されたただ一人の人物、シンもそれを窘めることはしなかった。
彼もカガリと全く同じで、腹の底に怒りの焔を燃やしていたからだ。
「どういう意味でしょうか。私がウズミ様のことを偲ぶのはおかしなことなのですか」
しかしアスランは跪いたまま顔を上げ、まっすぐとカガリを見つめた。
その翡翠色の瞳からは当然なくてはならないはずの後ろめたさが見当たらず、カガリはますます頭に血を昇らせた。
「しらじらしい!お父様を暗殺した犯人は、羽クジラのレリーフを持っていたんだぞ!」
「確かに羽クジラはプラントの守り神ですが、だからといって暗殺者をプラントの者と決めつけるのはいささか軽率ではないですか。とても思慮深い神王のなさることとは思えない」
「何だと?!」
アスランの言葉にカガリは椅子から身を乗り出した。
「プラントがオーブを、アスハを疎んじているのを我々が気づいていないとでも思っているのか?!」
怒りで勢いづいたカガリに動じることなく、アスランは一呼吸の間をおいてから言った。
「では我々プラントが神王を疎んじ、ウズミ様を暗殺したと。あなた様はそう仰りたいのですか」
「それ以外にお父様が殺される理由などない!お前たちはアスハを滅ぼして、オーブの威光を自分たちのものにしようとしているのだろう!」
「それならば、ウズミ様をわざわざ暗殺する必要など、我々にはどこにもない」
眉をひそめたカガリに、アスランは厳しい目を向けた。
「プラントはこの海で1、2を争う軍事大国です。それ故オーブを数百年の間、他国の侵略から守ってくることができたのですよ」
アスランが何を言いたいのか分からず、怪訝そうな琥珀を向けてくるカガリを見つめながら、アスランははっきりとした声で言った。
「分かりませんか。それは裏を返せば、我々がこの武力をオーブに向けようと思えば、一瞬でこの国を滅ぼすことができるということです。暗殺などまどろっこしいやり方をする必要はどこにもありません」
「この逆賊が・・・っ!」
プラントの王子のあまりの言葉に、カガリが椅子から立ち上がろうとするのと、シンが荒げた声を出したのは、ほぼ同時だった。
「黙って聞いていれば、神聖なる神王になんてことを!オーブを滅ぼしてみろ!神の化身を失ったこの世界は破滅の道を辿る!」
一歩前に出て腰にさした長剣の柄を握りながら、シンはアスランを睨み付けた。
「そうなる前に俺が、浅ましく醜い欲を持ったプラントの王子の首を、本国へ送りつけてやる!」
しかしアスランはシンに視線を向けることなく、カガリをじっと見つめていた。
「あなた様もそう思われますか。オーブを、アスハを失ったら世界が滅びると」
「当たり前だ!アスハは神の子孫であり、神の化身!世界が平和に、人々が穏やかに暮らしていけるのもオーブがあってこそだろう!」
世界を秩序立て平和な世にする。
それが神王をはじめとするアスハ一族の存在意義だった。
もし現世の神であるアスハがこの世から消えたなら、それは世界の破滅を意味する。
なぜ今更、数百年受け継がれてきた、そんな当たり前の世の理を、アスランが問うてくるのか、カガリは理解できなかった。
「アスハが毎日祈りを捧げ、神の化身としての役目を果たしているからこその暖かく平和な世界だ!お前もそれはよく分かっているだろう!」
「恐れながら、私はそうは思いません」
そう言うなりアスランは立ち上がり、目を見開くカガリを厳しい目で見据えた。
「今の、この世の中が平和だと、到底私は思えません。度重なる戦争、渦巻く陰謀による醜い争いが至る所で見られます」
「それは・・・お前たちがアスハへの信仰をないがしろにしているからじゃないか」
固い声でカガリは言った。
深い藍色をまとった彼は、何百年もの間誰もが畏れ多く踏み込めない部分に、何故こんなにも冷静に切り込んでくるのか。
それを不快に思いながら、カガリは続けた。
「お前たちが以前のように、アスハへの信仰を取り戻せば、平和で暖かい世界は再び取り戻せる。私はその為に、神王として祈り続ける!」
「いいえ。残念ですが、それで世界は平和になどなりません」
アスランは首を振った。
「今現在、この近隣諸国で起こっている争いの火種のほとんどは、オーブが、アスハが原因なのですから」