第一夜
カガリの入院が、三週間目に入った。
術後で低下していた体力もだいぶ回復し、コールドスリープによる後遺症も見当たらず、カガリの状態はほぼ正常と言って良かった。
十五歳までの記憶しかないという、記憶障害を除いては。
昔の記憶を取り戻さぬまま、キラの親友として、四十七になった自分が、カガリのなかで「アスラン」として蓄積されていくのを、アスランはどうすることも出来ずにいた。
表面上は穏やかな顔をして、上半身を起こしたカガリと他愛もない世間話や職場の話をしながら、カガリが自分の婚約者だったのだと教えてやりたくなる衝動を、一体何度堪えたか分からない。
カガリが目覚めてから新たな苦しみに苛まれていたアスランだったが、やがて長期休暇が切れ、教官としての立場上、職務に戻らざるおえなくなった。
ザフトの宿舎から病院まで車で二時間程の距離だ。
任務に就きながらも、合間にまとまった時間が取れれば、アスランは何度でもカガリのもとへ訪れるつもりではあった。
それでもやはり、カガリに会える時間は格段に減ってしまう。
今のままでもカガリはアスランを思い出してくれないのに、会う時間と頻度が減ったりしたら、それこそ永遠にカガリは自分を思い出してくれないのではという不安にかられながら、アスランは病院を後にした。
三週間の休暇を取っていたせいで、仕事はかなり溜まっていたが、手際よくそれらを処理し、教官として教え子たちを指導しながらも、アスランはザフトに戻ってきてからずっと心ここにあらずの状態だった。
カガリは今どうしているのだろうか。
そればかり、気になってしまう。
記憶を取り戻し、俺のことを思い出してくれただろうかと。
アスランの頭を占めるのはそれだけだ。
三十歳年下の、自分のことを一切覚えていない婚約者。
普通だったら、この恋は諦めるべきなのだろう。
本当にカガリを愛し彼女の幸せを願うのなら、大人の男らしく彼女の明るい未来を祈って、そっと身を引くべきなのだ。
アスランとてそれは分かっている。
しかし、どうしてもそれができないのだ。
カガリを待ち続けた三十年間は、そう簡単に手放せるほどの容易い道ではなかった。
みっともないと分かっていても、アスランに今できることは、カガリの記憶が戻ることを必死に願うことだけだった。
カガリが、常に自分の存在を意識してくれたら。
―――きっかけはそんな想いだった。
常に一緒にいることのできないアスランの代わりに、何か変わるものがないだろうか。
そう思ったときに浮かんだのが、遠い昔に作成を趣味にしていたペットロボだった。
そう思い立ったのならすぐに、アスランは軍の購買で必要な器具や部品を買い、作成に取りかかった。
十数年以上ぶりのロボット製作だった。
造るのは、カナリアのを模したペットロボ。
体力も回復したカガリは、きっと様々なことが制限される入院生活で退屈していることだろう。
そんな彼女の慰めになればいいと思った。
しかしそれは建前が半分で、本音をいえば自分に関連するものを、常にカガリに持っていて欲しいという思いの方が強かった。
男が女にアクセサリーをプレゼントするのは、女をカタチで繋ぎ止めておきたい為だと言われるけれど、あながち間違いでもないかもしれない。
そんな風に自分の浅ましさに苦笑しつつも、仕事の合間にカチャカチャと部品を取り付け調整しながら、思い出すのは昔のことだった。
カガリがコールドスリープについて最初の五年間、アスランはカガリの誕生日がくるたびに、ハムスターやカナリアのペットロボを造っていた。
渡すことのできなかった誕生日プレゼントたち。
電源を付けられることのなかったペットロボたちは、段々と錆びついていき、今ではアスランの家のクローゼットの奥で眠っている。
今ではもう、どれも時代の遅れの旧式タイプだ。
そんな切ない思い出に蓋をするように、アスランは最新のペットロボの作成にのめり込んだ。
「ピイ・・・」
手にとまった電子カナリアが小首をかしげて鳴くのを、アスランは満足そうに見つめた。
今日の午後はオフで、アスランは仕事が終わるやいなやカガリのいる病院へと車を走らせた。
もちろん、手製のペットロボも一緒だ。
最新の技術を取り込んだ高性能なペットロボ。
これをプレゼントしたら、カガリはどんな顔をするだろうか。
カガリの病室へ向かう間、自分の胸が高揚するのを、アスランは久しぶりに感じた。
このワクワクするような胸の高鳴りは、カガリの手術の目途が経ち、コールドスリープが解除されると決まったとき以来だった。
ともすれば駆け出したくなる衝動をこらえて、アスランはカガリへの病室へと向かう。
このカナリアは、カガリの髪色からインスピレーションを受けた。
明るい金色に光る鳥は、まるでカガリの分身のようだ。
―――早く、渡したい。
カガリにちゃんと手渡せる、初めてのプレゼントだった。
逸る心に急かされながら、アスランがカガリの病室の前に立ち止まり、ドアを開けようとしたまさにその時だった。
「わあ!可愛い!これ、シンが作ったのか?」
病室から明るく弾んだ声が、アスランの耳に飛び込んできた。
術後で低下していた体力もだいぶ回復し、コールドスリープによる後遺症も見当たらず、カガリの状態はほぼ正常と言って良かった。
十五歳までの記憶しかないという、記憶障害を除いては。
昔の記憶を取り戻さぬまま、キラの親友として、四十七になった自分が、カガリのなかで「アスラン」として蓄積されていくのを、アスランはどうすることも出来ずにいた。
表面上は穏やかな顔をして、上半身を起こしたカガリと他愛もない世間話や職場の話をしながら、カガリが自分の婚約者だったのだと教えてやりたくなる衝動を、一体何度堪えたか分からない。
カガリが目覚めてから新たな苦しみに苛まれていたアスランだったが、やがて長期休暇が切れ、教官としての立場上、職務に戻らざるおえなくなった。
ザフトの宿舎から病院まで車で二時間程の距離だ。
任務に就きながらも、合間にまとまった時間が取れれば、アスランは何度でもカガリのもとへ訪れるつもりではあった。
それでもやはり、カガリに会える時間は格段に減ってしまう。
今のままでもカガリはアスランを思い出してくれないのに、会う時間と頻度が減ったりしたら、それこそ永遠にカガリは自分を思い出してくれないのではという不安にかられながら、アスランは病院を後にした。
三週間の休暇を取っていたせいで、仕事はかなり溜まっていたが、手際よくそれらを処理し、教官として教え子たちを指導しながらも、アスランはザフトに戻ってきてからずっと心ここにあらずの状態だった。
カガリは今どうしているのだろうか。
そればかり、気になってしまう。
記憶を取り戻し、俺のことを思い出してくれただろうかと。
アスランの頭を占めるのはそれだけだ。
三十歳年下の、自分のことを一切覚えていない婚約者。
普通だったら、この恋は諦めるべきなのだろう。
本当にカガリを愛し彼女の幸せを願うのなら、大人の男らしく彼女の明るい未来を祈って、そっと身を引くべきなのだ。
アスランとてそれは分かっている。
しかし、どうしてもそれができないのだ。
カガリを待ち続けた三十年間は、そう簡単に手放せるほどの容易い道ではなかった。
みっともないと分かっていても、アスランに今できることは、カガリの記憶が戻ることを必死に願うことだけだった。
カガリが、常に自分の存在を意識してくれたら。
―――きっかけはそんな想いだった。
常に一緒にいることのできないアスランの代わりに、何か変わるものがないだろうか。
そう思ったときに浮かんだのが、遠い昔に作成を趣味にしていたペットロボだった。
そう思い立ったのならすぐに、アスランは軍の購買で必要な器具や部品を買い、作成に取りかかった。
十数年以上ぶりのロボット製作だった。
造るのは、カナリアのを模したペットロボ。
体力も回復したカガリは、きっと様々なことが制限される入院生活で退屈していることだろう。
そんな彼女の慰めになればいいと思った。
しかしそれは建前が半分で、本音をいえば自分に関連するものを、常にカガリに持っていて欲しいという思いの方が強かった。
男が女にアクセサリーをプレゼントするのは、女をカタチで繋ぎ止めておきたい為だと言われるけれど、あながち間違いでもないかもしれない。
そんな風に自分の浅ましさに苦笑しつつも、仕事の合間にカチャカチャと部品を取り付け調整しながら、思い出すのは昔のことだった。
カガリがコールドスリープについて最初の五年間、アスランはカガリの誕生日がくるたびに、ハムスターやカナリアのペットロボを造っていた。
渡すことのできなかった誕生日プレゼントたち。
電源を付けられることのなかったペットロボたちは、段々と錆びついていき、今ではアスランの家のクローゼットの奥で眠っている。
今ではもう、どれも時代の遅れの旧式タイプだ。
そんな切ない思い出に蓋をするように、アスランは最新のペットロボの作成にのめり込んだ。
「ピイ・・・」
手にとまった電子カナリアが小首をかしげて鳴くのを、アスランは満足そうに見つめた。
今日の午後はオフで、アスランは仕事が終わるやいなやカガリのいる病院へと車を走らせた。
もちろん、手製のペットロボも一緒だ。
最新の技術を取り込んだ高性能なペットロボ。
これをプレゼントしたら、カガリはどんな顔をするだろうか。
カガリの病室へ向かう間、自分の胸が高揚するのを、アスランは久しぶりに感じた。
このワクワクするような胸の高鳴りは、カガリの手術の目途が経ち、コールドスリープが解除されると決まったとき以来だった。
ともすれば駆け出したくなる衝動をこらえて、アスランはカガリへの病室へと向かう。
このカナリアは、カガリの髪色からインスピレーションを受けた。
明るい金色に光る鳥は、まるでカガリの分身のようだ。
―――早く、渡したい。
カガリにちゃんと手渡せる、初めてのプレゼントだった。
逸る心に急かされながら、アスランがカガリの病室の前に立ち止まり、ドアを開けようとしたまさにその時だった。
「わあ!可愛い!これ、シンが作ったのか?」
病室から明るく弾んだ声が、アスランの耳に飛び込んできた。