第一夜



カガリの手術が成功したとき、例えようのない喜びとともに、ふとアスランに湧き上がった感情があった。
三十もの年を重ねた自分を、カガリが受け入れてくれるのだろうかという不安だ。
コールドスリープしたカガリの時は止まっているが、アスランはカガリを置いて三十年の時を一人歩み、十七の少年ではなく、既に青年期も過ぎた四十七の男になってしまった。
カガリを愛する気持ちは変わっていなくても、もうあのころの姿形ではない。
今のアスランは、自分の知るアスランではないとカガリに拒絶されてしまうのではないか。
それはカガリを待ち続けて十年が過ぎたころから、徐々にアスランを蝕んでいった恐怖だったが、カガリが目覚めると分かってから現実味を帯び、急速に膨れ上がっていった。

しかし、そんなアスランを励まし勇気づけてくれたのはキラだった。

――――大丈夫だよ、アスラン

――――君がどんな姿になったって、カガリは君のこと受け入れてくれるよ

――――カガリって、そういう子でしょ


胸の内で渦巻く不安を吐露すれば、愛する人の双子の弟にそう励まされ、アスランの胸に温かい想いが灯った。
実際不安を抱えつつも、アスラン自身そう思っていたところもある。
カガリは、見た目や年齢で人を判断しない。
もっと本質的なところを見てくれる。
三十年前も、アスランの抱える心の闇に気が付いてくれた。
だからきっと今度も、年を重ねたアスランのことを変わらずに愛してくれるはず。
それは、慢心からではない、カガリを愛しよく知っているからからこそ分かる、優しい暖かい自信だった。


―――それに君、全然老けてみえないしね。四十七にはとても思えないよ。シンから聞いたけど、ザフトの女の子から相変わらずモテモテなんだって?

―――くだらない冗談はやめろ。年相応に見られないのはキラの方だろう

―――あはは、よく言われるよ


カガリのおかげで出来た親友、辛く孤独な三十年を共有しつつも支えてくれたキラのおかげで、アスランはカガリとの再会を今か今かと待つことができたのだ。
幸せな未来に想いを馳せながら。










***



アスランは、病室の外で長椅子に一人、腰かけていた。
カガリが目覚める前の高揚した気分はもはや一欠けらもなかった。


―――事故の後遺症かコールドスリープの影響かはわかりませんが、カガリ様はある種の記憶障害のようですね。



―――まだはっきりと決まったわけではありませんが、カガリ様の記憶は十四歳のころで止まっているようです



―――失われた二年間の記憶についても、思い出すか、永遠に失われたままなのか・・どうなるかは分かりません



医師に告げられた言葉が、アスランの頭の中で何度も響く。
三十年ぶりに目覚めたカガリはしかし、十五歳から十七歳までの記憶を失っていた。
眠っていた三十年間という年月に比べれば、二年間という期間は微々たるものに思える。
しかし、カガリとアスランが婚約していた期間は、その二年間のなかにあるのだ。
それは即ち、今のカガリの記憶にアスランが存在しないことを意味する。
膝の上で組んだ手に、力が籠り、アスランは自問自答を繰り返す。

カガリは・・・カガリは・・俺のことを忘れてしまったのか・・・?

そんなこと、あり得るのだろうか。
アスランは三十年間、カガリと愛し合えることを信じて、ひたすら待ち続けてきたのに。
それなのに、今のカガリにとって、自分は「知らない男」なのだ。

―――いや・・・兄の親友か・・。知らない男よりは、格上だよな。

絶望を超えた現実を受け止めきれず、アスランは自分で茶化してみた。
そうすれば、少しは冷静になれるかもしれない。
カガリが記憶を取り戻す為の、何かいい案が、浮かぶかもしれない。
しかし、精一杯の自嘲も、圧倒的な絶望の前では何の役に立たなかった。

―――兄の親友・・・俺が望んだのは、そんな立場じゃない!!

握りしめた手が小刻みに震える。

人が成人するよりも長い年月、カガリを支えに生きてきた。
いつか、いつかカガリと・・・そんな想いだけで。
それなのに、この仕打ちは一体何なのだろう。
目の前が真っ暗で、どうやって呼吸すればいいのかさえ分からない。
悲しさと憤りでアスランの視界が滲む。

「三十年だ・・・」

確かに十七歳のころのアスランは、自分の心が分からぬ苛立ちから、カガリに辛く当たっていた。
一体どれほどカガリのことを傷つけたか分からない。
しかしアスランとて、カガリへの想いを自覚してから三十年間、カガリを待ち続けたのだ。
それがどんなに辛く苦しい道のりだったか、言葉では説明ができない。
充分、罰を受けたのだ。
それでも、まだ足りないというのだろうか・・・・。
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