第一夜
辛く苦しい日々だった。
穏やかにカガリを待とうと思っても、一定期間経つと、どうしようもない苦しみが襲ってくる。
カガリが目覚めないことへの不安、焦り、苛立ち。
アスランの歩んできた三十年はその繰り返しだった。
しかしどんなに辛くても、苦しくても、カガリを切り捨てるという選択肢を、アスランはどうしても選べなかった。
いつかカガリは目覚めてくれる。
そんな確証もない希望に縋りついて、アスランは日々生きてきた。
しかしそんな日々すら、カガリが目覚める今となっては、尊いものに思える。
過去の自分に、カガリが今日目覚めるのだと、教えてやりたい。
シーツの上にはカガリの細い手。
本当はカガリが目覚めるまで、手を握っていたかった。
でも、カガリが事故に会う前、自分たちの気持ちは通じ合ってはいなかった。
だからカガリに触れるのは、ちゃんと自分の気持ちを伝えてからだと、アスランは決めていた。
けじめのようなものだが、この調子ではそれもいつまで持つか、定かではなかった。
アスランの浮き立った心は、隠しきろうとしてもできるものではなかったらしく、キラに苦笑されてしまった。
「ちょっとアスラン、少しは落ち着きなよ。大丈夫、カガリは逃げたりしないよ」
そう入れても、アスランには逸る心を押さえるなど、不可能だった。
三十年間、待ち続けたのだ。
琥珀に瞳に自分が映し出されることを。
その瞳を見つめながら、愛していると告げることを。
そして挙げることのできなかった結婚式を、今度こそ・・・と。
そのとき、ピク・・・と白魚のようなカガリの細い指が、動いた。
「・・・・っ」
二人は身を乗り出し、思わず息を止めた。
静まり返った、鼓動だけが煩いくらいに鳴る空間。
一瞬時が止まり、その後カガリの長い睫が小さく震え、表れたのは琥珀の瞳だった。
「カガリ!!」
アスランとキラの声が重なった。
カガリがぼんやりと覗き込む二人を見て、散漫な動きで左右に首を振る。
ああ、きっとすぐには自分たちを認識できないだろうなと思いつつも、アスランはカガリの第一声を待った。
出来ることなら、自分の名前を呼んで欲しい。
―――アスラン、と。
三十年ぶりに、カガリの声で呼ばれる自分の名が・・・聞きたい。
ずっとずっと待ち望んで、叶わないかもしれないという恐怖と不安に苛まれながらも、アスランが焦がれ続けてきたものだから。
だけどこの際、「キラ」でもいい。
カガリの声が聴けるなら、それだけで満足だった。
とにかく早くカガリの声が聴きたかった。
アスランの心の声が聞こえたのか、彷徨っていたカガリの透き通るような琥珀の瞳がついにアスランを捉えた。
翡翠と琥珀が交わって、それは三十年ぶりの邂逅になるはずだったのだが。
「だ・・・れだ・・?」
その一言は、アスランの三十年をあざ笑うかのように、カガリの口から何の躊躇いもなく吐き出されたのだった。