結婚前夜【エピローグ①】















「なんだ?これ・・・」

アスランがプラントを出て二週間、カガリは久しぶりにアスランと二人で暮らした家にやってきた。
他人に譲渡することが正式に決まり、事前に点検しておくためだった。
行ってしまったアスランを憂いながらも、結婚式を無事終えたカガリはシンとの新居で新婚生活を送っている。
シンの言葉や態度からは自分への愛情が感じられ、幸せだと日々実感していた。
些細なきっかけでアスランを思い涙しても、シンが優しく慰めてくれる。
アスランの家を手放すことはアスランがプラントに居るころから決まっていたが、いざ正式にことが進むとどうしようもない寂しさが胸を襲った。
しかしずっと塞いでいたも仕方がないと顔を上げ、最後にもう一度アスランと過ごした家に帰りたいと、カガリはキラと共に思い出の家に足を踏み入れたのだ。

二週間無人だった為ドアノブや窓枠にほこりが溜まっていたが、アスランもカガリもちゃんと整理して家を出たため、備え付けの家具以外部屋には何もなかった。
換気の為にリビングから順に窓を開け風を通し、持参した清掃用具で目につくほこりを手分けして掃除していく。
清掃業者に頼んでも良かったが、目覚めてからの日々を過ごした大切な家を自分の手で綺麗にしたかったのだ。
訓練中のシンの代わりにキラが同行してくれることになり申し訳なかったが、キラは「僕とアスランは親友だったんだよ」とおどけてみせた。
思い出を噛み締めながら一部屋ずつ掃除をしていき、カガリはアスランの私室に辿りついた。
もとから物の少ない部屋だったが、もう備え付けの本棚以外は何も無い。
部屋ではなく、ただの空間だった。

―――カガリ、どうした?

「アスラン」と呼んでカガリが扉をそっと開くと、机に向かっていたアスランが振り向く光景が思い出されて、哀愁が込み上げる。
切なさを振り切るように固く目をつぶってから、カガリを気を取り直して部屋の掃除に取りかかった。
床に雑巾をかけるうちに、掃除に意識が集中していき心も平静になっていったのだが、ふと、備え付けの本棚と壁の間に何かが落ちていることに気が付いた。
それはだいぶ奥のほうに落ちており、しっかり目を凝らしていなければ気が付かなかったかもしれないと思いながら、カガリは叩きの柄の部分でそれをなんとか引き寄せた。


それは、CD-ROMだった。

恐らく部屋を整理する際、気づかぬうちに落とし、隙間に滑り込んでしまったのだろう。
裏面に「A to C」、そのすぐ下に「 CE82/5~CE83/7」と手書きで記載されている。

「手紙?いや、日記か・・・?」

とくんと、自分の鼓動が全身に響いた。
アスランが日記などつけていたなどカガリは知らなかった。
それもコズミックイラ82年など、大分昔のものだ。
アスランはジェネシスに乗るにあたり、身の回りの私物を少しの戸惑いも無く全て処分してしまった。
カガリが代わりに預かると言ってもアスランは困ったように笑い、しかし絶対に聞き入れることも無く、ザフトや議会から贈られたアスランの功績を湛える歴代のトロフィーやメダルでさえ、とにかく彼は全て廃棄したのだ。
だからこのCD-ROMはアスランが遺した唯一の彼のものだった。
本来なら日記は個人情報の塊であり破棄するのが礼儀だが、これが自分の手に舞い込んできたことに、何か意味があるのかもしれない。
コズミックイラ82年ということは、アスランは当時二十八歳だ。
カガリの知らないアスランが何を考え、どんなことを日記にしたためていたのか。

―――知りたい。

アスランへの恋しさが強い欲求となり、カガリを揺さぶった。

―――どうしようか・・・






「カガリ?」

不意に背後から声がかかって慌てて振り向くと、扉のところにモップを持ったキラが立っていた。

「キラ」

「それ、何のCR-ROM?」

小首を傾げたキラがつかつかとやってきて、CD-ROMをカガリの手から抜き取り、裏面を確認する。

「ああ、日記だね。これ、もし見つけたら破棄してくれってアスランから頼まれてるんだ。僕が処分するよ」

「え・・・」

アスランがプラントに遺したたったひとつの私物なのに、キラはあっさりそう言ってCD-ROMを手にしたままくるりと背を向け、退出しようとする。
相変わらず飄々としているキラだが、その動作が何となく不自然のような気がした。

「あの、キラ・・・」

「何?」

キラが振り向く。
その顔はいつも通りの柔和な顔だった。

「いや、何でもない」

カガリがそう言うと、キラは頷いて部屋を出て行った。











掃除途中の別室に戻り一人になったキラは、手の中にあるCD-ROMをしばし見つめたあと、ゆっくりと力を込めた。

―――パキ

乾いた音が部屋に響き、割れたCD-ROMがキラの手に残る。
かつて、キラがアスランに書くように勧めたカガリへの手紙。
キラはそのまま扉にもたれかかり、目を閉じて天を仰ぐ。




「これでよかったんだよね・・・アスラン」
































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