第三夜
「誰かが行かなきゃいけない。そうだろう?」
静かな声だった。
揺らぎのない、真っ直ぐで綺麗なエメラルドの瞳を、イザークは驚いたように見つめたが、再び表情を険しくした。
「アスラン、貴様・・・」
「プラントの存続を掛けた一大事業だ。その大役を任される、ザフトの軍人としてこんな光栄なことはないだろう」
「表向きはそうなっているが・・・」
皺になるほど強く掴んだアスランの襟元をそっと放し、イザークは耐えるように俯いた。
「艦に乗るのは各分野のプロフェッショナル達とはいえ、ほとんどが社会不適合者ばかりだ。プラントの財産となる第一人者は絶対に出さない。分かるだろう、こんなめちゃくちゃな計画、プラントだって本当は半信半疑だ。そんなものの為に何故お前が犠牲にならなければならない」
イザークの言うとおり、自殺行為ともいえる移民事業に、実際に乗組員として参加する者たちは、持っている高度な専門知識の為、露骨にそう言われることはないが、そのほとんどがプラントでつまはじきになっている者だった。
成功するかも定かではない無謀な賭けに、家族、友人、恋人、プラントにある全てのものを捨ててでも人生を捧げようというのは、プラントで生きていくのが困難で、もうこの世界に居られなくなったような者たちでないと難しい。
穴だらけの計画に、後ろ指を指されるならず者たち。
何故そんななかに、アスランが艦長として入らなければならないのか。
つついただけで沈没しそうな計画に大切な同僚であり友人でもあるアスランを渡すことなど、イザークは我慢ならなかった。
アスランはザフトで貴重な人材なのだ。
こんなふざけた計画に使ってよい人材ではないのに。
「上層部の見解通り、この任務は身寄りのない俺が適任だ。俺がいなくなって悲しむ人はいないからな」
分かっている。
この計画を成功させる為には優秀な艦長が必要で、それはアスラン以外にいないということも。
しかし、納得などできない。
「カガリ嬢はどうする。お前の・・・」
イザークとアスランは旧知の仲だ。
あの日、カガリが事故にあった日のパーティーにもイザークも出席していた。
だから、カガリが長い眠りから冷めたことも知っている。
カガリがコールドスリープをしている間ずっと、アスランが待っていたことも。
アスランの長期休みが上層部に承認されるよう働きかけたのもイザークだ。
しかしカガリが目覚めた後も、アスランとカガリが再び婚約したという話は一切聞こえてくることはなく。
何となく触れてはいけないと思っていたが、今聞かずにはいられなかった。
「カガリは大切な人を見つけた。俺の庇護はもう必要ない」
「自棄になるな、アスラン。冷静に考えろ」
「考えたうえでの結論だ。移民事業が成功したら、カガリもプラントで平和に幸福に生きていける。これはカガリの為でもあるんだ」
「アスラン・・・」
口を引き結んだイザークが、デスクに拳を叩きつけた。
激しい音とともに、書類がバサバサと床に落ちる。
「さっさと行け。見送りにはいかないからな」
そう言い捨てて背を向けたイザークの背中に、込み上げるものがあった。
出会ったころは犬猿の仲だった。
顔を合わせば嫌味を言われ、一方的に敵視されたが、次第に互いを認め合う様になって。
イザークが引き留めてくれる、その事実が嬉しかった。
しかし、それでもアスランの決意は揺らがない。
不器用な旧友が見せてくれた精一杯の友情をも凌駕する思いがある。
「すまないイザーク、でもこうするのが一番いいんだ」
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