第三夜
ひとつ季節が巡り、シンとカガリが交際を始めたと聞いても、アスランはみっともなく取り乱すことはしなかった。
照れながらも嬉しそうに手を取り合う二人を幾度も想像し、覚悟が出来ていたからだろうか。
そして季節はまた幾度か廻り、カガリが目覚めてから四年が過ぎた春、シンは結婚の挨拶にやってきた。
新しい時代が、動き出す。
アスランとカガリが共に十七歳だったあの頃は、もう過ぎ去った過去になった。
取り戻すことは叶わないまま、カガリは生涯の伴侶とともに、新しい自分の道を行く。
「おめでとう、シン、・・・カガリ」
祝福の言葉を述べれば、二人は顔を見合わせ頬を染めた。
その様子に二人は良い夫婦になるだろうと、アスランは二人の未来を垣間見た気がした。
シンの人となりは良く知っている。
小さいころから可愛がってきて息子同然なのだ。
コンピューターから離れられないキラの代わりに、シンを外に連れ出してやったのはアスランだった。
アスランのようになりたいとシンもまた軍人への道を選み、今やトップガンだ。
優しく真っ直ぐで、技量も申し分ない。
これ以上カガリを任せられる男がいるだろうか。
カガリは幸せになり、アスランもまた別の道を行く。
その日のうちに、アスランはイザークの政務室に向かった。
決心したことを告げると、イザークはアイスブルーの瞳を見開きアスランを凝視した。
「アスラン、正気か貴様」
「ああ」
アスランが穏やかに頷くと、イザークは掌で机を叩き、勢いよく立ち上がった。
「お前、それがどういうことか分かって言っているのか!」
「お前が俺に言ってきたくせに、そんな風に怒らなくてもいいじゃないか」
「俺はこの任務を当然断ることも出来ると言ったはずだ」
唸るように言ったイザークの全身から怒りが発せられているのをひしひしと感じながら、アスランは首を振った。
その柔らかい動作に、躊躇う様子はなかった。
「いいや。俺はその役目を受諾する。ジェネシスの艦長になるよ」
「アスラン!!」
イザークがアスランの襟元を掴みあげた。
激高したときの、彼の癖だ。
これももう少しでお別れかと思うと、やはりさびしかった。
「移民団と言えば聞こえはいいが上手くいく保証はどこにもないんだぞ!」
イザークの手に更に力が加わった。
「それに、ジェネシスに乗ったらもう二度とプラントには帰れないんだぞ!それを分かって言っているのか、貴様は!」
襟元を掴む手だけではなく、イザークの全身が怒りによって小刻みに震えていた。
惑星ファーストへの移民計画。
それはこの二十年、評議会とザフトの上層部が行っていた極秘計画だった。
人類の希望と謳われたコーディネーターは、ナチュラルに比べ生命力が格段に強かった。
プラントが開発された当初は利点だったその生命力が、プラントが発展していくにつれ、新たな問題を生み出すこととなった。
平均寿命が格段に伸びたことによる、人口の爆発的増加だ。
宇宙で限られた土地しかないプラントだ、このままいけば食糧も土地も賄いきれず、いずれ破綻する。
それを打破するために建てられたのが、この他惑星移民計画だった。
人間が定住できそうな惑星に目星をつけて、コンピューター管理の調査船をまず派遣する。
調査船から連絡がきて、移民が可能であると判断できれば、次に無人の準備船を送る。
準備船は惑星にたどり着くと、そこの環境を出来るだけ地球に近づけるよう整備する。
虫や動物、草木をその惑星に放し植えつけ、生態系を整えていく。
そして準備が出来たら、今度は人間と人口子宮を乗せた移民艦がその惑星に向かって出港するのだ。
一年前初めてその計画の全貌を聞かされたとき、そのあまりの無謀さにイザークはすぐには信じられなかった。
しかし評議会はこの計画に着手し、十八年前に既に十機の調査船を飛ばしていた。
そして調査船を飛ばした惑星でたったひとつ、移民ができる可能性のある惑星を発見し、三年前に極秘で準備船を送っていたのだ。
ただのコンピューターの塊である調査船は可能だが、物資を乗せる準備船と移民艦はいまだ音速を突破できない。
「ファースト」と名付けられたその惑星は三十光年のところにある。
常識的に考えれば準備船がファーストにたどり着くまでに三十年、環境を整えるのに数年という算段のはずだが、プラントにそんな時間は残されていなかった。
「一年後に移民艦を出港させる。船の名は始まりを意味するジェネシスだ。門出にはふさわしい名前だろう。そのジェネシスの艦長にアスラン・ザラの名が挙がっている」
極秘で呼び出され、計画の全貌を聞かされ驚愕していたイザークだったが、続けて上官の口からでた旧友の名に目を見開いた。
「移民艦を出すのは準備船が星に辿りつき環境を整えてからと仰いましたよね。その準備船がプラントを飛び立ってからまだ三年しか経っていないのでは」
たった今聞かされた計画によると、準備船にはファーストにたどりつくまでの三十年と、生態系を整える五年が少なくとも必要であり、移民艦が出航するのはその後、おそらく約四十年は先のはずだ。
「惑星ファーストとプラントは三十光年離れている。悠長に待っている時間はもうプラントにはないのだ」
「だから、見切り発車をするというのですか・・・」
「プラントを存続させ、我々の種を繁栄させるためだ」
イザークの握りしめた拳が震える。
人間を駒にして、勝敗が定かではない博打を打つのか。
「何故アスランが艦長なのです」
「彼ほど適任な人物はいないよ。惑星ファーストにたどり着くまでに三十年、その間に艦がどんなトラブルにあうか予想もつかない。外的要因だけではない、三十年間一歩も外に出られないクルーの精神的負担は大きいだろう、確実に諍いが起きる。しかしそんな困難も、経験、能力、人格、どれも優れたザラ教官なら、懸念が山積みの移民艦を成功に導いてくれる気がするのだよ。そして何より、彼には身寄りがいない」
唇を引き結び黙り込むイザークに、教官は続けた。
淡々と紡がれる言葉には、憐みの響きが僅かに浮かんでいる。
「何も問題がなく順調にいったとして、辿りつくまでに少なくとも三十年はかかる。クルーのほとんどはあらゆる分野のスペシャリストだが、それは着いてからの話であって、辿りつくまでの主役は船乗りだ。酷な話だとは重々承知してはいるが、我々はジェネシスの為に優秀な艦長が欲しい」
「もし、ザラ教官が嫌だと言ったら?」
「飛び立てば二度とプラントには戻ってこれまい。こちらに通信が届くのも、最初の二日だけ。ザラ教官は年齢が五十近いから、ファーストに辿りつく前に艦の中で寿命を迎える可能性も高い。残りの人生を全て移民計画に捧げることになる。我々も無理強いはせぬよ」
「・・・」
「任務の残酷さは分かっている。断っても構わない。それでもまずはザラ教官に話して、打診してくれないかね。ザラ教官は我々の、プラントの希望なのだと」
人身御供だと思った。
確かに移民計画はプラントに残された最後の細い糸なのだろう。
だからといってその儀式にアスランを差し出すわけにはいかない。
プラントの為を思えばイザークだって多少の痛みも喜んで受ける。
―――しかし、この話は次元が違いすぎる。
軍人失格だと思いながらも、イザークはアスランにこの話を告げる際、アスランは一カ月の猶予を与えられた後、この任務を断るだろうと決めつけていた。