第三夜
ザフト基地内、教官として次の訓練に向かう途中、アスランは後ろから声を掛けられた。
振り返れば、旧知の友人が向こうから向かってくるところだった。
「アスラン、久しぶりだな」
「イザーク」
そう呼ばれた銀色の髪の男とはアカデミーでの同級生でもあり、ザフトでは同じ隊に所属したこともある。
感情直下型のイザークとアスランは相性が良いとは言えず、昔は一方的に敵視されたこともあったが、長年ザフトに所属し互いに人を纏める立場になった今では彼のことを友人と呼んでも差し支えの無い関係になっていた。
「ところでアスラン、最近上が何か妙な動きをしているのを知っているか?」
廊下を踏む踵でカツカツと小気味よい音を鳴らし、二人横に並びながら、軽く近況を話したところでイザークは切り出した。
その声のトーンは低い。
「妙な動き?」
アスランが不審そうな顔を向けると、視線を進行方向に向けたままイザークは続けた。
「プラント最高評議会とうちの上層部で何か計画を建てているらしい。もちろん極秘でな」
イザークは現在ザフトの事務局に所属している。
事務局とは計画、人事、予算などザフトを運用させていくためのあらゆることに決定権を持ったいわばザフトの中枢である。
ザフトの教官として現場をまとめるアスランが所属する隊とは正反対の場所である。
現場に残ったアスランと、ザフトの官僚として上へと登るイザーク。
かつて同じ隊に所属していた二人も、ザフト内ですでに別の道を歩んでいたが、その関係性が消えるわけではなかった。
「ここ最近国と軍のトップが頻繁に会合していてな、その場に科学者や技術者、あらゆる分野のを識者多数呼んでいる。おまけに何か実験のようなことも行っているらしい」
「実験・・・?」
思わず足を止めたアスランにイザークも倣い、ようやく二人は向き合った。
「直に俺のところまで下りてくるとは思うが、一体上は何をやろうとしているのか。まさかこのご時世に戦争なんてするわけでもあるまいし」
父親はかつての最高評議会議長だったが、自身が政治の道には進まなかったため、現在の評議会とは何の繋がりも無いアスランにとって当然その話は初耳だった。
アスランはともかく、事務局の補佐官であるイザークにまで具体的な話がまわってこないとは、評議会と軍にとってよっぽど内密に進めたい話なのだろう。
しかし、あらゆる分野の有識者を巻きこんでいるというのは、一体どういうことなのか。
実験とはいったい何の?
プラントは何に手を出すつもりなのか。
上層部の思惑について考えこみ、しばし二人の間に沈黙が流れたが、通り過ぎる兵士に敬礼をされ、二人は生真面目にそれを返した。
「今の話はトップシークレットだぞ。じゃあな、アスラン」
沈黙が途切れたことが合図となり、長話は無用というように、イザークは再び規則正しい足音を慣らし、次の曲がり角で二人は別れた。
「遅くなってすまなかった」
アスランは教官のなかでも上の立場なので、訓練の初めから終わりまで居る必要は無いのだが、面倒見の良いのと生真面目な性格から、なるべく兵士の訓練はちゃんと見るように心がけていた。
しかし今日は指導局の定例会が長引いたのと、イザークとの立ち話のせいで、訓練場に着いたのは訓練終了の十五分前だった。
「いえ、ザラ教官こそお疲れ様です」
「様子はどうだ?」
敬礼する副官に頷いて、そう尋ねたとき、ワッと訓練場に歓声があがった。
今はナイフを使った白兵戦の訓練のはずだが、兵たちは何かを囲むように固まり盛り上がっている。
「勝ち抜きトーナメントをやっているんです。決勝だったんですが、ちょうど今勝負がついたようですね」
「ああ」
それで盛り上がっているわけだとアスランは納得した。
このクラスには十代から二十代前半の身体能力が特に高く、将来を見込まれた先鋭しかいない。
そんななか勝ち残ったのは一体誰だろうとアスランが思った矢先、崩れた人垣から現れたのはアスランが息子のように可愛がっている少年だった。
仲間たちに頭や肩、背中を叩かれ、歓声とともに労われている。
「いやあ、シン・アスカは本物ですね。ここ最近の赤服のなかでダントツです。白兵戦だけだったら私も勝てる気がしません。どこまで伸びるか楽しみですよ」
「そうか・・・」
副官の絶賛とシンが即興のトーナメントととはいえこの猛者のなかで優勝したいう結果に、半年前のアスランだったら喜びと誇らしさを感じていただろう。
しかし今はもう単純にシンの成長を喜ぶことはできなかった。
そんな自分が情けなく、ますます嫌悪感が募っていく。
何故シンの成長を期待をもって見守ることができないのか。
理由は分かりきっていた。
「アスラ・・・じゃない、教官!」
アスランの存在に気が付いたシンが、友人たちに揉まれながら走り寄ってきた。
ハアハアと少し息を上げたまま、正面までやってくると、明るい顔でアスランを見上げる。
「見ててくれましたか?今トーナメントやって、優勝したんですよ、俺!」
「今来たばかりなんだ。でも、凄いなシン。この面子のなかで優勝なんてたいしたものだよ」
へへっと嬉しそうに笑うシンが眩しかった。
溌剌とした若さに満ち溢れ、何でもできそうな、天井知らずのエネルギーと可能性を持っている。
それはアスランがとうの昔に無くしたものだ。
シンは事実、日に日に強くなっている。
一昨日より昨日、昨日より今日。
そして明日はまた更に伸びているだろう。
「俺、モビルスーツに乗るのも好きだけど、白兵戦のが得意なんです。白兵戦に関しては教官はザフトに入ったころの俺しか知らないでしょ!担当がいつもモビルスーツと銃撃戦ばっかりだから」
「そうだな」
アスランはモビルスーツの訓練を受け持つことが一番多い。
次いで銃撃戦だが、立場上その二つも指示と監督が主で、アスランが実践することは少なかった。
「だから教官に見てて欲しかったのに。来るの遅いです!」
「すまない・・・」
「こらこら、シン。ザラ教官はお忙しいんだ」
アスランの横に立つ副官が苦笑しながら窘めると、シンは不服そうに顔を逸らしたが、何か思いついたように勢いよく顔をあげた。
「そうだ!教官、俺と一戦交えて下さいよ!そうすれば俺がどれだけ強くなったか分かりますよね!」