第三夜
アスランのマンションは2LDKで、カガリに宛がわれた部屋は日当たりのいい南の部屋だった。
アスランは同居を始めた当初、自分がカガリの世話を焼こうと思っていたのが、いざ蓋を開けてみると、状況は全く逆になってしまった。
ただでさえ世話になって迷惑を掛けているのにと、カガリはアスランに面倒を見られるのを嫌い、むしろ自ら進んで家事を申し出たのだ。
アスハの姫でお嬢様育ちのカガリだったが、乳母に身の回りのことはきちんと出来るように厳しくしつけられたというだけあって、家事はほぼ完璧だった。
身体を動かすことが得意なカガリにとって、むしろ洗濯や掃除は楽しいひと時のようで、その手際の良さにアスランは結局カガリに家のことを任せることにした。
昼夜関係の無い任務や訓練も多いアスランだったから、カガリに家のことをお願いするのは非常に助かるのだった。
「アスラン、お帰り!」
三日間不眠不休での訓練を終えてアスランが久方ぶりに家に帰ると、パタパタとスリッパを鳴らしながらカガリが出迎えにきてくれた。
アスランが帰宅するときはいつも、カガリはこうして玄関までやってきてくれる。
逆に家を出る時はよっぽど変則的な時間でない限り、見送りもしてくれる。
一緒に暮らし始めて距離は縮んだものの、いまだ望む方向へ進まない自分たちの関係に苦しむアスランではあったが、こうしてカガリに出迎えてもらうとその苦しみがほんの一瞬和らぐのだった。
本来あるはずだった未来がここにあるような、そんな錯覚を覚えるからだろう。
エプロンをつけたまま走ってきたカガリはどこか嬉しそうだった。
「カガリ、何かいいことでもあったのか」
「へへっ。いいから早く来いよ」
急かす子供のようにカガリに腕を掴まれ、アスランは慌てて靴を脱いだ。
引っ張られるようにリビングにつけば、食卓に暖かそうなロールキャベツが用意されていた。
「見ろ、訓練の後だから、アスランの好きなものを作ったぞ」
自慢げにカガリはアスランを仰ぎ見た。
「カガリ・・・」
「ほら、早く着替えてこいよ!」
急いで私室に入って、部屋着に着替えて戻ったアスランが食卓につくのを待ってから、二人はフォークを手に取った。
まだ湯気のたっているロールキャベツにナイフを立てる。
「凄く美味しいよ」
一口食べて、アスランは向かいに座るカガリに言った。
「本当か?」
ぱっと顔を綻ばせるカガリにアスランは頷いた。
家事全般得意なカガリだったが、強いてそのなかで苦手なものを挙げるとしたら料理なのだが、このロールキャベツは見た目も味も見事だった。
「ロールキャベツ、何だか上手に造れたんだ」
アスランに太鼓判を押されたカガリは機嫌よくロールキャベツにナイフを入れる。
「初めて作ったのに、こんなに上手く作れるとは思わなかった!」
「得意料理だと言っても差支えないぞ」
「有難う。アスランにそう言ってもらえると自信がつくな」
ひまわりのような明るい笑顔に心惹かれながら、アスランは同時に思う。
アスランに褒められれば自信がつくというのなら、何と言えばカガリは記憶を取り戻してくれるのか。
何と言えば、自分を見てくれる?
――――その魔法の言葉を教えてくれないだろうか。