第二夜
いい年した男が、なに十代の少女のようなことを言っているのか。
自分でも滑稽だと自嘲しているのに、つい事実が口から出た。
カガリと再び遭える日を、ひたすら待っていた三十年だった。
「アスラン、意外にロマンチストなんだな」
くすくすとカガリが笑う。
「そうかもしれないな。気持ち悪いか?」
本当はロマンチストなんて綺麗な言葉で表現などできはしない。
カガリを待っていた三十年は、焦燥と不安で苦しく辛い、とても醜いものだったのだから。
「ううん、全然。素敵だと思うぞ。今もそんな人が現れるのを待っているのか?」
「ああ」
「そっか。なら待ってるだけじゃダメだぞ。自分から行かなきゃ!」
「そうだな」
アスランはやんわりと笑った。
この会話のむなしさに対する自嘲の笑みだった。
カガリの助言に素直に従えたら、どんなに楽だろう。
三十という年の差が、切り立った断崖のように二人を隔てているというのに。
「アスランは、どういう女の人がタイプなんだ?」
カガリが質問を続ける。
まだ本心を明かせない会話を続けなくてはならない。
かといって、アスランはカガリに対する想いだけには嘘がつけず、オブラートに包んだ。
「・・・明るくて真っ直ぐな子、かな」
意外そうな顔をするカガリを見つめていると、アスランもふと尋ねたくなった。
「カガリは?」
「え?」
「カガリはどんな人が好きなんだ?」
三十年前、カガリから想われるのが煩わしかったあの頃。
随分と酷い態度をとったのに、カガリは愛想を尽かすことなくアスランを一途に想ってくれた。
当時の自分に、カガリからひたむきに愛される程の何かを持っていたとは思えない。
一体カガリはアスランのどこに惹かれたのか、アスランはずっと知りたかった。
「う~ん・・・私恋愛とか苦手だから、あんまりそういうのよく分からないんだよな」
しばらく考え込んだ後、カガリは困ったような顔をした。
「しいて言うのなら、世の為人の為に尽くしている人がいいなあ。自分だけがいいって考えじゃなくて、ちゃんと周りのみんなのことも考えているような、使命感のある人がいい」
「お父さんの影響かな」
「どうだろう?でも分からない。好きになった人がタイプなんだろうな、うん」
「そうか・・・」
それでは、何をきっかけに好きになってくれたのだろう。
しかしその答えは、今のカガリからは出てこない。
アスランが口をつぐむとその後会話は途絶えて、二人はしばらくトンネルの水槽を眺めていた。
相変わらずマリンスノーが広く暗い海の底で揺れている。
どこが果てかも分からぬ暗い世界は、アスランが歩んできた三十年間と似ていた。
カガリは眠りについてる間、アスランのことを少しでも思い出してくれていたのだろうか。
知りたいことが、分からないことがたくさんあった。
いつかカガリが目覚めたら、全部教えてほしいと願いながら、アスランは待っていた。
カガリが目覚める日をずっと。
今だって、ずっと待っている―――――――――――――。