第二夜
街の水族館は三十年の間に二回の増設と改装工事を行っており、前回の工事が二年前ということで真新しかった。
近代的な構造の水族館は、だだっ広い水槽が並んだだけの昔の水族館しか知らないアスランにとって、全く未知の場所となっていた。
「綺麗だなあ」
色とりどりの魚たちが泳ぐ水槽の周りを軽やかな足取りで巡るカガリを、アスランは見守るように数歩を後ろから付いていく。
平日の水族館は空いていた。
このフロアも、アスラン達を除けば数組の客しかいなかった。
「あっ、ペリカン!餌をあげられるみたいだ」
屋外に出るやいなや、ペリカンがいることに気付いたカガリが駆け出した。
生き物が好きなカガリにとって、水族館は宝庫のようだった。
カガリのはしゃぎっぷりを、アスランは微笑ましく見守っていた。
「餌、あげたいか?」
「え、でも・・・」
「一回分お願いします」
全身からペリカンと戯れたいという気持ちを溢れさせながらも、アスランの申し出に躊躇したカガリだったが、アスランは気にせずペリカン池の前の売店で餌を購入した。
「いいのか?」
「いいよ、これくらい」
まだ遠慮するカガリに、アスランは魚の入ったバケツを手渡した。
「じゃあ、アスランも一緒に餌あげよう」
トングで生魚を掴むと、こちらが差し出すより先に勢いよく喰らい付いてくるペリカン達の貪欲さに、思わず声をあげたアスランをカガリが笑う。
「動物は苦手なんだ、特にこういうのは」
照れたように弁解しながら、自分たちは周りからどう見られているのか、アスランは頭の片隅で考えていた。
平日の水族館はカップルと家族連れがほとんどだ。
自分たちも、そのどちらかだと思われているのだろうか。
アスランは実年齢よりもずっと若く見られる。
三十代と言っても通りそうなくらいだから、年の離れたカップルに見えるかもしれない。
それとも、やはり家族か。
娘溺愛の父親と、父親を尊敬し、甘え上手な娘。
仲の良い父娘。
しかし、その実態はどちらでもないのだ。
二人の今の関係はただの同居人。
カガリがアスランの家にやってきて二週間が過ぎ、カガリの気さくな性格もあり、二人は十分に打ち解けてはいるが、二人の関係を単的に表すとしたら、それしかなかった。
好転しない状況とシンの存在に焦燥を募らせたアスランが、水族館に連れて行ってくれと言われた時、一体どれほど嬉しかったか、当のカガリには分からないだろう。
館内のレストランで昼食を取ったり、イルカのショーを見たりしていると、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
気が付けば、もうすぐ閉館時間だった。
「お土産物屋さんにでも行くか?」
今日の記念になるようにイルカのグッズでも買おうか。
そう思ったアスランが尋ねると、カガリは行き忘れたところがないかパンフレットを広げ凝視した。
「あ、ここ行ってない」
しばしパンフレットに顔を近づけていたカガリだったが、どこか見つけたようで目線が止まった。
「どこ?」
カガリの横からパンフレットを覗き込み、カガリが目を留めた視線の先を辿ると、「深海の道」と書かれていた。