第二夜
アスランは最初カガリの返事が上手く飲み込めず、すぐに反応ができなかった。
「あ、えっと、シンと映画観に行く約束してて、今すごい話題になっているアクションものらしいんだけど、シンの友達が大絶賛してるから、一緒に観に行こうって話になって。出演してる俳優ほとんど知らないけど、あらすじを聞いたら面白そうだったから」
僅かに漂った間さえも耐えられなかったのか、取り繕うように早口で捲し立てるカガリは頬を紅くしている。
父親代わりの同居人に、男と一緒に出掛けると告げるのは、十七という年齢とカガリの性格では大変な照れを伴うものだろう。
「・・・だから、あの、駅前の映画館で降ろしてくれるか?」
頬を染め、上目使いでそう聞いてくるカガリに、アスランは穏やかに頷くしかなかった。
―――カガリ!あれ、アスランさんも一緒?
―――キラとラクスの見送りの帰りなんだ。それはそうとお前何時からここで待ってたんだ?
―――五分くらい前だよ。そんなに待ってない
―――シン、カガリは退院して初めての外出で、プラントのことは全然分からないんだ。しっかり気を付けてやるんだぞ
―――分かってるよ、アスランさん
待ち合わせ時間の十五分前にエレカは着いたのだが、シンは既にそこにいた。
任務中で両親の見送りに行けないシンだったが、何とか時間を作ってカガリを誘ったのだろう。
外出して気分転換が出来るように、プラントに早く慣れるようにと、それはシンの思いやりだ。
熱くなりやすく、一本気すぎるところもあるが、シンは心の優しい素直な子なのだ。
幼いころから知っているシンが、アスランは我が子のように可愛い。
小さいときはいつもアスランの後ろをついてきた。
アスランのようにかっこいい軍人になるのが夢だと言って、シンは幼年学校を出るとアカデミーに入学した。
シンの存在に一体何度励まされ心癒されたことか。
そんな息子同然のシンに嫉妬する自分の醜さと、嫉妬しなければいけない状況がアスランは心底憎かった。
賑やかな繁華街に並んで立つ二人が眩しく、手で抱え込んでもまだ有り余る時間を持つ二人と自らの間に確かな隔たりを感じた。
二人の持つ明るい若さががカガリとシン、間違いなく二人が惹かれ合うことをアスランに告げているように思えた。
年長者として、だんだんと距離を縮め親密になり、互いのかけがいのない人になっていく過程をただ黙って見守っていないといけないのだろうか。
並んで遠ざかる二つの背中を、アスランはただ見つめることしか出来ない。
三十年間待ち望んで焦がれ続けたカガリの隣を、いとも容易く手に入れるシンのはつらさが憎くてどうしようもなかった。
想いの重さや、想った時間は全く考慮されない世の中が、ひどく不条理に思える。
カガリと一緒にいると年齢差も感じず、素直な自分になれると思った矢先の出来事に、アスランは打ちのめされた。
二十時前に、シンはカガリをアスランの自宅まで送り届けに来た。
その礼儀正しさは、ずぼらでいい加減なところのあるキラの代わりに、アスランが教えたものだ。
「映画、楽しかったか?」
夕飯も済ませてきたというカガリにホットミルクを淹れてあげたところで、アスランは尋ねた。
自らはコーヒーを片手に、受け取ったホットミルクをすするカガリの正面に腰を落とす。
「カガリ、カガリ」
留守番していたハロが、主人の帰宅ではしゃいだようにカガリの周りを飛び回るのが、目障りで仕方ない。
シンの造ったハロはプログラミングが少し間違っていて、声のトーンも発音もいささか調子はずれだった。
それでもカガリは欠陥物のハロをとても大切にしている。
他のペットロボを造ってあげようかとは、言い出せなかった。
「楽しかったぞ、凄く」
本当にそうだったのだろう、シンとの時間を思い出すようにカガリは幸せそうに微笑んだ。
「来週は遊園地に連れてってくれるって」
「任務中なのにしょうがないな、あいつは」
あくまで年長者ぶって苦笑するアスランを眺めながら、カガリは言った。
「本当は水族館に行こうって言われたんだけど、それは断った。だってアスランが連れて行ってくれるんだろう」
「え、いや、それは」
あくまで見送りの帰り道だから寄ろうと提案した体を装ったのに、そんな風に言われるとは思ってもみなくて、アスランが言葉を詰まらせると、カガリは首を傾げた。
「何?駄目なのか?連れて行ってくれよ、アスラン」