第二夜


墓参りが済んだあと、清々しい自然を後にするのが惜しかったのか、アスランが花と一緒に近くの売店で買った飲み物を手に、二人は近くのベンチに並んで腰かけていた。

「父は、頑固な人だったんだ」

午後の黄昏のなか、パトリックはどんな人だったかとカガリから尋ねられたアスランは、コーヒーを口につけてから、父の話をした。
本当は誰よりもプラントのことを大切に思っているのに、パトリックの打ち出す政策は過激だと批判され、誤解されることも多々あった。
今でこそ、歴史に名を残す政治家と言われている父だが、当時は心労も多かったことだろう。
ぽつりぽつりと語られるアスランの父の話に、静かに耳を傾けていたカガリだったが、ひとしきり話を聞いた後、満足そうに目を細めた。

「そっか。でも、アスランのお父様は幸せだと思うぞ。」

「そうか?」

予想外の言葉に、アスランは聞き返した。
密度の濃い人生を送ったとは思うが、それが幸せに繋がるとは限らない。
父の人生はとにかく波乱だった。

「うん。こうしてアスランに墓参りに来てもらって。今でも家族全員揃う機会があるってことだろ」

それに、とカガリは続けた。

「アスランはお父様のこと、尊敬しているだろう」

「それはそうだが」

「それってお父様にとって、すっごい嬉しいことだと思うぞ」

そう言われて、アスランは一瞬言葉が出てこなかった。
良好な親子関係を築きながら、一方でいつ眠りから覚めるとも分からぬ婚約者をひたすら待っていた自分に、父は胸を痛めていたに違いなかった。
かつて息子の結婚さえ政治に利用した父が、アスランの意思を尊重し、何も咎めずにいてくれたことに感謝をしつつも、自分の親不孝ぶりを痛感していたアスランに、カガリの言葉が与えた衝撃は大きかった。
父は幸せだったのだろうか。
パトリックに対して申し訳ないという気持ちばかりだったアスランにとって、そんなことは思いもしないことだったが、そう言われただけで救われたような気がした。
まるで三十年前の自分とパトリックの関係について、カガリと自分の部屋で言い争ったときのようだった。
三十も年下の少女に、中年である自分が励まされたことにも驚いた。
カガリはいつだって、アスランの展望を開いてくれる。
年の差が開こうと、二人の根本的な関係はやはり変わらないのだと思うと、アスランは何故だか胸が熱くなり、泣きたくなった。






それから二人は、草木をゆったり眺めながら、のんびり話をした。
今までもたくさんの会話はしてきたが、淡い太陽の下、自然のなかで交わす会話は格別だった。
カガリの話はオーブのことがほとんどだった。
オーブでの生活、友人達、そして彼女の父の話だ。
カガリの口から語られるオーブ前代表は、アスランの知るその人の印象にがっちりと合致し、融合していく。
もちろんアスランは、彼女の父とは何回も会ったことがある。
初めて会ったのは、予定されていた挙式の当日、カガリがコールドスリープに入った日だった。
プラントと地球の友和の象徴であり、愛娘の晴れ姿を見る為にオーブを出立したウズミだったが、プラントで初めて目にするカガリは分厚いガラスに隔てられていた。
それから何度もウズミはカガリの元を訪れた。
彼は決してアスランを責めることはなく、不幸な事故だったのだと、アスランが罪の意識に捉われる必要はないと言ってくれたが、どこか達観したような静かな目で見据えられると、この素晴らしい人の大切な愛娘を自分が奪ってしまったのだと実感し、アスランは胸が潰されそうになり、打ちのめされた。
そのウズミもパトリック同様、もう居ない。
三十年とは、そういう年月だった。
カガリが元気になって落ち着いたら、オーブに行って、墓参りをしてウズミや他の人に会いに行こうと、既にカガリの入院中に約束していた。


そのような切なさと痛みを感じながらも、他愛もない話をしていくうちに、アスランは段々自分が十七の頃に戻っていくような錯覚に陥った。
カガリの変わらない優しさと、変わらない二人の関係性に触れたのが大きいのかもしれない。
純粋にカガリとの会話が楽しく、こうやって過ぎ去った時間を取り戻していきたい思った。


アスランのコーヒーとカガリのサイダーの缶が空になって、二人は車に戻った。
時計を見ればまだ時間は早かった。
あと三十分もエレカを走らせればアスランの家に着き、そこで遅めの昼食を取ってもよかったが、アスランには墓参り以外にももう一つ計画があった。

「カガリ、水族館に行かないか」

街路を走りながら、アスランは尋ねた。

「ショーを見て、それからその近くにある屋台でお昼を食べるのはどうだろう。美味しいケバブのお店があるんだよ」

気軽な口調だったが、その誘いを口に出したとき、アスランは身体が震えたような気がした。
本当は数日前からキラとラクスの見送りの帰りに行こうと決めていた。
水族館に、ケバブの屋台。
それは、三十年前にカガリが二人で行きたいと行った場所だった。
あのときのカガリの願いを、三十年越しの今実現させたかった。
カガリが眠りについている間ずっと、アスランが思い描き待ち、望んでいたカガリとのデートだった。
それがようやく叶う。

「アスラン、私が水族館好きだったよく分かったなあ」

アスランの提案にカガリは驚いたようだった。
三十年前のカガリ本人から希望を聞いたのだから、知っているのは当たり前だった。
あとはカガリが嬉しそうに頷いて返事をするのを、アスランは待つだけだった。
そうすれば、過ごすはずだったカガリとの時間をまた取り返すことが出来るのだ。

しかしカガリは申し訳なそうに目を伏せた。

「でも、今日は無理なんだ・・・ごめん」
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