第二夜


寄り道に目を輝かせ、どこに行くんだと聞いてくるカガリには秘密だと行先を教えぬまま、高速を降り市街地を抜け三十分程走ったのち、エレカがたどり着いたのはディセンベルの郊外だった。

エレカを降りたカガリを促して、緑の木々の下を二人で並んで歩く。
不思議そうな顔をするカガリには、もちろんまだ行先は告げない。
二人の他に人影は無く、聞こえてくるのは鳥の音と草を踏む音だけだった。
清々しい自然のなかを歩くのは心地よかったが、アスランは一体どこに向かうつもりなのか、一歩足を進めるたびにカガリの好奇心が膨らんでいく。

「ここ、何があるんだ?」

アスランの目的が知りたくて、カガリがついに耐えきれなくなったときだった。
小さな林をちょうど抜けると、目の前に広がったのは墓地だった。
いくつもの墓石が柔らかく温かな陽光に包まれている。

「両親の墓参りに付き合って欲しくて・・・その、帰り道の近くだったから」

アスランの両親が既に亡くなっていることはカガリにはもう話している。
しかし肉親でもないアスランの両親の墓参りに付き合わされるのはカガリにとってはいい迷惑ではないかとアスランは恐れ、なかなか切り出すことができなかったのだ。

「もちろんだ!アスランのご両親だろ。当然付き合うさ」

カガリのはっきりとした返答にアスランは小さく胸をなで下ろす。

「全く、それならそうと最初から教えてくれればいいのに」

目的がはっきりしたカガリは確かな足取りで墓地へと向かう。
その後ろ姿に、アスランは自らがいかに臆病になっていたか改めて実感し苦笑した。


並んで立っているパトリックとレノアの墓は綺麗に磨かれ、可愛らしい黄色い花が手向けられていた。
ザラ家に所縁のある者か、墓地の管理者か。
いずれにしろ、多忙ゆえにあまり墓参りに行けないアスランにとって、二人の墓が清潔に保たれているのは有難いことだった。
アスランとカガリは墓の前で並んで立ち、静かに手を合わせる。



―――父上、カガリを連れてきました。会いたかったでしょう。

目を閉じながら、アスランは心の中でそう父に語りかけた。

―――カガリは目覚めました。手術も成功して、今はこんなに元気です。安心してください。

三十年前、カガリがアスランの屋敷で共に暮らしていたころ、たった一度だけパトリックの書斎に赴いたことがある。
父と息子の関係を心配したカガリが、パトリックに直談判しにいったのだ。
アスランの父だけあって、気難しく人付き合いが下手なパトリックは、カガリの大胆な行動をはじめは煙たがっていたが、アスランとの距離感が上手く掴め、良好な関係が築けてくると、いかにカガリがアスランのことを真摯に想っていたのか、後から実感するようになっていた。
アスランが十二の頃にレノアを失い、上手く保たれていた家族関係が崩れかけても、不器用な二人は何をしていいのか分からなかった。
どんな話を振ればいいのか、どんな風に話しかければいいのか、会話のきっかけを掴むという些細なことさえ、二人には難しかった。
そうして二人は楽な道を選んだ。
感心も持たなければ、干渉もしない。
冷えた親子関係は逃げではない、これがザラ家の家族の形なのだと互いに自分を納得させていた。
そんな弱さと浅ましさにいたたまれず、ますます二人は互いを避けるようになる。
その壁がどんどん高く厚くなり、自分たちでさえ崩せない。
カガリがアスランの屋敷にやってきたのはそんなときだった。
アスランの為に、親戚や近しい人、ザラ家の使用人も触れなかったアスランとパトリックの関係に触れ、挙句アスランが可哀想だと訴えたのだ。
そのときのカガリの表情を忘れたことがないと、パトリックは亡くなる数週間前、病室の床でそう言っていた。
アスランと共に何度かICCに足を運び、ガラスケース越しにカガリと面会していたパトリックが、実は一人でもカガリの元へ訪れていたとアスランが知ったのは葬式の後だった。
プラントのことを昼夜考え、人々に評価され、類まれな手腕を持った政治家だと後世に名を残すと言われていたパトリックだったが、カガリに会えないまま、この世を去るのはさぞかし無念だっただろう。
自分でも長くは無いと悟りながら、入院生活を送っていたパトリックの心情を思うと、アスランの胸は引き絞られる。
アスランさえ、せめてあの日だけでもカガリを大切にしていたら、カガリはパトリックの娘として、アスランと共に病室の椅子に座っていただろうに。

だからどうしてもアスランはカガリをここに連れてきたかった。
アスラン自身、いつになるかも分からぬカガリの目覚めを待っていたことで、パトリックに余計な心配をかけ、親不孝をした。
カガリの元気な姿を見せてやることは、一種の親孝行にもなるのかもしれないとアスランはぼんやりと頭の片隅で思う。
カガリが記憶を失っていることも今は関係ない。
生命力を身体から溢れさせ光輝くようなカガリを、ただただ父に見せてやりたかった。

アスランの長年の夢は、目を閉じ手を合わせている間、確かに叶ったのだった。
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