第二夜



混雑する宇宙ステーションの出発ロビーで、カガリとラクスは別れの挨拶を交わしていた。

「何かあったら、すぐに連絡してくださいね」

「大丈夫だって。もうすっかり元気なんだから」

ステーションに向かうエレキの中でも幾度も繰り返されたやり取りに、カガリは苦笑した。

「ですが、もし何かあったら」

「大丈夫だって!その時はすぐに連絡するから」

心配そうな顔をするラクスに、カガリは安心させるように頷いた。
全くラクスは心配性なのだ。
明後日から始まるコンサートツアーの為、ラクスはキラを伴って今日ディセンベルを出立する。
大手術を終え、三十年間もの眠りから覚めたカガリの境遇と、そんなカガリを置いてコンサートツアーに行かねばならないラクスの心情を思えば無理もないのだが、それにしたってラクスは少し大げさだ。
カガリは誰よりもしっかりした、とても頼りになる人のところに預けられるのだから。

「ラクスもそれくらいにして。もうシャトル出発の時間だよ」

一向に収まらない二人のやり取りを黙って聞いていたキラがついに口を挟んだ。
電光掲示板を見ると確かにそろそろゲートに向かわねばならない時間だ。

「アスラン、カガリを宜しくね」

行き交う人々で慌ただしいロビーの中で、キラはカガリの隣に立つアスランを改たまって見据えた。
その紫色の瞳はいつも通り穏やかで優しげだったが、その短い挨拶がただの決まりきった別れの挨拶ではないのだと暗に告げていた。
キラが口にした宜しくというありふれた言葉には、色んな意味が込められている。
正面に立つアスランだけが感じ取れる、キラからの何重にも重なったメッセージだ。
アスランへの信頼、同情、そして牽制。
カガリの兄で、アスランの親友だからこそ、その含みは重い。
キラの投げた鉛でできたボールが美しい半円を描き、アスランの元に飛んでくる気がした。
アスランは口角をあげて頷いた。

「カガリのことは、俺に任せてくれ」
















二人を見送ったアスランとカガリは、アスランの運転するエレカで帰宅の途についていた。

「ラクスのコンサートツアー、楽しみだ」

全く無駄の無い運転で高速道路を走るエレカの助手席で、カガリがはしゃいだ声を出す。

「ディセンベルでの公演は二か月後だな」

プラントと各コロニーを回る今回のコンサートツアーは、当然ディセンベルでの公演も予定されている。
ツアーについていくことはできないが、ディセンベルでの公演はカガリもアスランと共に観に行く予定になっていた。

「二か月後はもう夏だな。まだまだ先だけど、案外あっという間だよな」

嬉しそうにそう言って、カガリはオレンジジュースのカップにささったストローをちゅうと吸った。

「そうだな」

ハンドルを握りながら、アスランは柔らかく相槌を打ったが、頭のなかでは別のことに思考が向いていた。

―――二か月後、そのときカガリは記憶を取り戻しているだろうか。

目覚めてから一カ月が経ち、四日前に退院したカガリはそのままアスランの家にやってきた。
何度も見舞いに行ったことで、アスランにすっかり打ち解け、アスランの家で暮らすことをあっさり承諾したカガリだったが、いまだ記憶は取り戻していない。
カガリの言うとおり、二ヶ月なんてきっとあっという間に過ぎるだろう。
そして気が付けば半年、一年、二年と時間は過ぎていく。
矢のように時が過ぎるなかで、カガリはいったいいつアスランを思い出してくれるのだろうか。
そればかりが気になってしまう。

「カガリ、帰りちょっと寄り道をしないか」






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