第一夜
その夜、アスランはキラに電話を掛けた。
アスランの持ちかけた話に、当然ながらキラは困惑した。
「アスラン、それ本気で言っているの?」
「当たり前だ。冗談のはずないだろう」
唖然としているキラの様子が、受話器の向こうから伝わってくるが、それでもアスランは怯むことなく、さも当たり前のように言った。
「カガリは俺が引き取る」
「アスラン・・・」
アスランがキラに電話で切り出したのは、退院後のカガリの所在についてだった。
プラントで過ごした記憶が無い為、オーブに戻るのが最善ではあるが、もはやウズミをはじめマーナやキサカもこの世の人ではない。
そうなると必然的にキラがカガリを引き取ることになり、ラクスも了承していたが、ここへきてアスランが待ったをかけた形となった。
「ラクスのコンサートで君たちは家を空けることが多い。まだこの世界に慣れないカガリを一人にしておくのは危険だ」
カガリの退院予定のすぐ後に、プラント中を三カ月かけて回るラクスのコンサートが予定されており、キラも同行することになっていた。
国民的歌手であるラクスを妻にしながら、使用人を雇っていないヤマト家では、その期間カガリが家で一人っきりになってしまう。
「それはそうだけど、君だってザフトの寮に入ってて、家に帰ってくるのは休暇の間だけじゃない」
「基地には家から通うことにするさ。幸い通えない距離ではないからな」
アスランの申し出に、少しの沈黙のあと、キラは気まずそうに言った。
「今のカガリにとって君は、あくまで他人なんだよ。悪いけど、兄として君にカガリを預けるわけにはいかない」
「俺がカガリに手を出すとでも思っているのか」
キラの固い声を茶化すようにアスランは小さく笑うと、すぐに声音を正した。
「カガリにとって俺が他人ってことはよく分かっている。そんなカガリを傷つけるようなことは、いくら俺でも絶対にしない。大丈夫、俺にとってオーブからの留学生を受け入れるようなものだと思ってくれればいい」
だから、こんなこと何の問題もない。
キラを懐柔する為、アスランはそんなニュアンスを含めて言ったが、内心では自分のやろうとしていることは常識を逸脱していると自覚していた。
年頃の娘を、血縁でもない自分が引き取るなど。
それでも、そう言い出さずにはいられなかった。
カガリの記憶も、カガリ自身も取り戻したくて、その為にはずっとカガリの傍にいたい、三十年前のあの頃のように、同じ屋根の下で暮らすことができたらとずっと心の奥でそう願っていた。
それでも今までは年を重ねたおかげで手に入れた忍耐と理性のおかげで、その願望を口に出すことはしなかった。
しかしペットロボを贈ろうとカガリの病室に訪れたとき、その堤防はもろくも崩れ去った。
仲良く笑いあう二人を見たとき、アスランを最初に襲った感情は絶望だったが、日増しに増えてくるのは焦燥だった。
カガリを誰かに取られてしまうのではないか。
そんな恐怖に取りつかれ、早くカガリの記憶を取り戻さなくてはとただ焦る。
急激に膨れ上がる焦燥に打ち勝つことはできず、アスランはついにカガリを引き取りたいのだとキラに申し出たのだ。
絶対に、ここでカガリを手放すわけにはいかない。
「それに、いくらお前の妹だと言ったって、一家団欒の中に入るのは気がひけるだろう」
「カガリにそんな思いはさせない。僕もラクスもカガリを歓迎してるし、シンは同じ年頃の女の子と一緒に暮らすんで、ちょっと複雑かもしれないけど、休暇以外はずっと寮だしね」
(シン・・・)
キラの口から出た彼の息子の名に不快感が走る。
アスランがカガリをどうしても引き取りたいもう一つの大きな理由。
カガリがキラの元で暮らすことになれば、当然ながらそこにシンもいる。
二人が執拗に親しくなることが耐えられない程嫌だった。
息子同然のシンに嫉妬するなど、情けなく滑稽な話だと自分でも分かるが、胸から湧き上がる焦燥は抑えることができない。
そんな胸の内を隠し、あくまで理性的にもっともらしい理由を並べる自分がひどく醜く感じる。
「そうだとしても、キラもラクスも家を空けることが多い。カガリはプラントに知り合いも友達もいないんだぞ。そんな所にカガリを一人にしておけるのか。何かあってからじゃ遅いんだ」
「アスラン・・・」
「俺とカガリが一緒に暮らすのは、ルームシェアのようなものだ、キラ」
キラを安心させる為に、アスランは柔らかい声で言った。
それはまるで心理戦の駆け引きのようで、昔のアスランでは絶対にできないことだった。
切羽詰ると人は狡猾になるのだと、アスランは頭の端で感心した。
受話器越しに、沈黙が満ちる。
無言の受話器の向こうにキラの気配を感じ、アスランはすがるように祈る。
(キラ・・・・頼む)
しばらくの沈黙のあと、キラが静かな声で言った。
「・・・・分かった。カガリをお願いね、アスラン」
アスランの持ちかけた話に、当然ながらキラは困惑した。
「アスラン、それ本気で言っているの?」
「当たり前だ。冗談のはずないだろう」
唖然としているキラの様子が、受話器の向こうから伝わってくるが、それでもアスランは怯むことなく、さも当たり前のように言った。
「カガリは俺が引き取る」
「アスラン・・・」
アスランがキラに電話で切り出したのは、退院後のカガリの所在についてだった。
プラントで過ごした記憶が無い為、オーブに戻るのが最善ではあるが、もはやウズミをはじめマーナやキサカもこの世の人ではない。
そうなると必然的にキラがカガリを引き取ることになり、ラクスも了承していたが、ここへきてアスランが待ったをかけた形となった。
「ラクスのコンサートで君たちは家を空けることが多い。まだこの世界に慣れないカガリを一人にしておくのは危険だ」
カガリの退院予定のすぐ後に、プラント中を三カ月かけて回るラクスのコンサートが予定されており、キラも同行することになっていた。
国民的歌手であるラクスを妻にしながら、使用人を雇っていないヤマト家では、その期間カガリが家で一人っきりになってしまう。
「それはそうだけど、君だってザフトの寮に入ってて、家に帰ってくるのは休暇の間だけじゃない」
「基地には家から通うことにするさ。幸い通えない距離ではないからな」
アスランの申し出に、少しの沈黙のあと、キラは気まずそうに言った。
「今のカガリにとって君は、あくまで他人なんだよ。悪いけど、兄として君にカガリを預けるわけにはいかない」
「俺がカガリに手を出すとでも思っているのか」
キラの固い声を茶化すようにアスランは小さく笑うと、すぐに声音を正した。
「カガリにとって俺が他人ってことはよく分かっている。そんなカガリを傷つけるようなことは、いくら俺でも絶対にしない。大丈夫、俺にとってオーブからの留学生を受け入れるようなものだと思ってくれればいい」
だから、こんなこと何の問題もない。
キラを懐柔する為、アスランはそんなニュアンスを含めて言ったが、内心では自分のやろうとしていることは常識を逸脱していると自覚していた。
年頃の娘を、血縁でもない自分が引き取るなど。
それでも、そう言い出さずにはいられなかった。
カガリの記憶も、カガリ自身も取り戻したくて、その為にはずっとカガリの傍にいたい、三十年前のあの頃のように、同じ屋根の下で暮らすことができたらとずっと心の奥でそう願っていた。
それでも今までは年を重ねたおかげで手に入れた忍耐と理性のおかげで、その願望を口に出すことはしなかった。
しかしペットロボを贈ろうとカガリの病室に訪れたとき、その堤防はもろくも崩れ去った。
仲良く笑いあう二人を見たとき、アスランを最初に襲った感情は絶望だったが、日増しに増えてくるのは焦燥だった。
カガリを誰かに取られてしまうのではないか。
そんな恐怖に取りつかれ、早くカガリの記憶を取り戻さなくてはとただ焦る。
急激に膨れ上がる焦燥に打ち勝つことはできず、アスランはついにカガリを引き取りたいのだとキラに申し出たのだ。
絶対に、ここでカガリを手放すわけにはいかない。
「それに、いくらお前の妹だと言ったって、一家団欒の中に入るのは気がひけるだろう」
「カガリにそんな思いはさせない。僕もラクスもカガリを歓迎してるし、シンは同じ年頃の女の子と一緒に暮らすんで、ちょっと複雑かもしれないけど、休暇以外はずっと寮だしね」
(シン・・・)
キラの口から出た彼の息子の名に不快感が走る。
アスランがカガリをどうしても引き取りたいもう一つの大きな理由。
カガリがキラの元で暮らすことになれば、当然ながらそこにシンもいる。
二人が執拗に親しくなることが耐えられない程嫌だった。
息子同然のシンに嫉妬するなど、情けなく滑稽な話だと自分でも分かるが、胸から湧き上がる焦燥は抑えることができない。
そんな胸の内を隠し、あくまで理性的にもっともらしい理由を並べる自分がひどく醜く感じる。
「そうだとしても、キラもラクスも家を空けることが多い。カガリはプラントに知り合いも友達もいないんだぞ。そんな所にカガリを一人にしておけるのか。何かあってからじゃ遅いんだ」
「アスラン・・・」
「俺とカガリが一緒に暮らすのは、ルームシェアのようなものだ、キラ」
キラを安心させる為に、アスランは柔らかい声で言った。
それはまるで心理戦の駆け引きのようで、昔のアスランでは絶対にできないことだった。
切羽詰ると人は狡猾になるのだと、アスランは頭の端で感心した。
受話器越しに、沈黙が満ちる。
無言の受話器の向こうにキラの気配を感じ、アスランはすがるように祈る。
(キラ・・・・頼む)
しばらくの沈黙のあと、キラが静かな声で言った。
「・・・・分かった。カガリをお願いね、アスラン」