ご利用は計画的に
「ちょ……っ、おいっ」
不意に、身体が浮かんで、カガリは仰天した。
背中と膝の下に腕を回され、持ち上げられている。
これは所謂お姫様抱っこというやつではないか。
「お前、何するんだよっ」
先ほどから、自分を抱き上げている男、アスランには振り回されてばかりだ。
「そうと決まれば、部屋を移ったほうがいいだろう」
慌てふためくカガリを余所に、アスランはリビングルームの奥の扉を、カガリを抱いたまま器用に開ける。
その先はベッドルームで、カガリはあっという間にセミダブルのベッドの上に寝かされてしまった。
ぎしり、と音をたててアスランが覆いかぶさってくる。
「あの………っ」
「何だ?」
ベッドルームは暗く、開け放した扉から漏れるリビングの明かりが、上から覗き込んでくるアスランの顔を僅かに照らす。
「その前に、シャワーっ」
「さっき浴びたばかりだろう」
薄く笑って、アスランの顔が近づいてくる。
また、キスされる。
カガリは必死で、アスランの肩を掴んだ。
「なあっ、本当にやるのか?」
伺う様に、アスランを見つめる。
明るいリビングルームでは了承できたことも、いざ薄暗い部屋でベッドに寝かされると躊躇してしまう。
「そう決めたばかりだろう」
「う、分かってるはいるが………」
ただ、流れるような展開についていけないのだ。
本当に、アスランとそんな関係になるのだろうか。
身体を提供して融資を取り付けるなんて、経営者の風上にもおけない置けないのではないだろうか。
社長に就任した当時の自分が今の自分を知ったら、きっと軽蔑するだろう。
「今は何も考えなくていい」
「ん………っ」
彼の唇が降ってきて、カガリは思わず息を止めた。
離しては、また口づけられて、何度か啄むようなキスをされて、カガリが息を吸おうと小さく口を開けたとき。
「ふ……っ」
また唇が触れた、と思った瞬間、ぬるりと何かがカガリの咥内に入ってきた。
「うぅ……、ぅんっ」
熱くてぬるぬるした、意思をもつようなソレは、ゆっくりとカガリの咥内を掻き回す。
これはアスランの舌だと考えが至ると、カガリはぎゅっと目をつぶった。
暫くの間、我慢すればいい。
そうすれば済むことなのだからと、自分に言い聞かせる。
静かなベッドルームに、ぴちゃぴちゃと唾液が絡む音がして、ひどく淫靡に聞こえる。
「大丈夫か?」
名残惜しげに唇を離したアスランが、はあはあと荒く呼吸するカガリの頬をそっと撫でる。
初めての深いキスに、カガリは息を止めていたのだ。
咥内を這いずりまわる舌の滑った感触が気持ち悪く、身体もずっとこわばらせていた。
これからもっと深い行為をするなんて、とてもじゃないが耐えられそうもなかった。
恋愛経験すらないカガリなのだ、今日初めて会話した男と身体を重ねるなど、考えられないことだ。
これ以上は無理だと逃げ出すか、未経験だと告白して優しくしてもらうか。
今にも折れそうな気持ちを、しかしカガリは戒めた。
目の前の男に、絶対に負けたくなかった。
アスハを立て直し、融資は全額返済してみせる。
借りなどつくらない。
そんなカガリの強い負けん気が、彼女をを叱咤し、支えた。
未経験だと知られるなんてもっての外だ。
アスランに舐められる要素など、表に出してはいけない。
カガリは背けていた顔を戻し、涙で視界はくぐもっていたが、アスランをしっかり見据えた。
濡れた翡翠がこちらをじっと見つめている。
「別にどうってことない。私はお前に何も求めてないから、お前の好きにしろよ」