ご利用は計画的に
融資が返済できなかった場合は結婚すること。
そんな条件を提示されて、これ以上驚くことは無いと思ったのに。
「お前、何言ってるんだよ……」
彼の口から出たおぞましい言葉。
アスランを見上げるカガリの瞳には驚愕と戸惑いと、恐れが色濃く浮かんでいた。
目の前に立つ彼は、評判にきくアスラン・ザラとは別人だった。
「担保は君の身体なんだから、利子がそうなるのは当然だろう。なかなか悪くない取引だと思うが」
悪びれもなくしれっと言いのけるアスランに、カガリは眩暈を覚えた。
こいつは、とんでもなくヤバイやつなのかもしれない。
そんな警鐘が頭の中に響く。
「だっておかしいじゃないか……。そんなことをしたところで、お前には何も……」
カガリと結婚することで、アスランとザラ・ホールディングスはアスハを、延いてはオーブを掌中に収めることができる。
だから、その条件は理解できた。
しかし、アスランとカガリが関係を持つことで、一体アスランにどんな得があるのか。
「一体何が狙いなんだ……」
半分独り言のように恐る恐る尋ねると、アスランは噴き出した。
「正直な聞き方だな」
その態度に、カガリに従来の負けん気が湧き上がった。
身体が怒りでかっと熱くなる。
「馬鹿にするな!誰だってこんな話、受け入れられるはずがないだろ!」
勢いに任せて掴まれていた腕を振り払い、正面から向き合った。
「すまない。馬鹿にしたつもりはないんだが」
カガリの怒りを見て取ったのか、アスランは神妙な顔つきになった。
「そうだな……、君に興味があるから、かな」
ますますカガリの体温が上がった。
女子の羨望を集めていたアカデミー時代のアスラン・ザラを思い出す。
きっと今も女性たちの関心を集める彼にとって、これはただの遊びにすぎないのだろう。
「私を娼婦扱いするつもりか?!」
「これは取引だ。君から持ちかけたんだろう」
確かにそうだが、こんな展開は予想していなかった。
「自分が犠牲になる覚悟も無いのに、莫大な融資を依頼してきたのか」
威圧するようなアスランの物言いは、カガリに甘いなと、言外に告げていた。
「承諾するしないは君の勝手だ。しかし君が承諾しないと、アスハは間違いなく倒産するな」
ぎゅっと拳を握りしめた。
アスランの言うことは正しい。
ここで彼から融資の約束を取り付けなければ、アスハに残された一縷の望みは全て無くなる。
それを分かっていて、目の前の男はカガリに常識外れの要求を突きつけているのだ。
カガリが拒絶出来ないと分かっていて。
「卑怯者……」
喉から絞り出した声は、怒りに満ちた敗北宣言だった。
カガリに選択肢など、最初から無かったのだ。
「何とでも」
唇を上げると、アスランはついとカガリの顎を持ち上げた。
「契約成立だな」
翡翠と琥珀がぶつかりあって、来る、と感じたときには、唇に柔らかい感触がした。
まるで契約書に印を押すような、誓いのキスだ。
カガリにとっては、初めての。
ほんの少し唇を離したアスランが、至近距離で囁く。
「契約は今日からだ。朝まで大丈夫か」
最低で、大嫌いな男。
それでも、彼に従う他はない。
カガリは、そっと頷いた。
目の前の男をあっと言わせるその日を、思い描きながら。