ご利用は計画的に
案内されたアスラン・ザラの部屋は高層階のセミスイートだった。
寝室に以外にリビングルームとキッチンがついており、自炊が出来るようだが、使われている形跡はほとんどなかった。
「何故ホテルでお暮しになっているんですか」
広々とした部屋を眺めながら、カガリは尋ねた。
名門ザラ家だ、豪華な自宅は市内にあるはずで、わざわざホテルを借りる必要はないように思えた。
「父と折り合いが良くなくて、家はあまり居心地が良くないんですよ」
「お父様と……」
それきり言葉が続けられなかった。
不躾な質問をした気がして、何となく気まずくなったカガリは目を伏せる。
アスラン・ザラがザラ・ホールディングスの総締めである父親と不仲だというのは初耳だった。
完璧で非の打ちどころのないように見えるこの男でも、そういう部分があるのか。
「アスハ社長、シャワールームはこちらです」
僅かだが、気まずい空気を打破するように、アスラン・ザラはカガリをシャワールームに案内した。
「バスタオルは洗面台にありますから。乾燥機はその隣です。使い方は分かりますか」
「はい……」
「スーツが乾くまでの代わりの服は、外商に用意させますから。なにか希望はありますか」
「えっ、大丈夫です。そんな外商なんて」
外商自体はカガリもたまに利用するが、アスランに呼んでもらうとなると話は別だった。
ただでさえこんなことになっているのだ、これ以上の迷惑は掛けられない。
「乾くまでバスルームで待っていますから大丈夫です。本当にご迷惑をおかけして申し訳ありません」
顏を紅くしてカガリは頭を下げた。
アスラン・ザラに融資のお願いをするはずが、一体なにをやっているのだろう。
自分の情けなさに涙が出そうだった。
「でも着替えがないと困りますよね、では、そこにあるバスローブでも良いですか」
「えっ……」
ホテルの一室でバスローブだなんて何だかいやらしく、思わず目を丸くしてしまった。
恋人や友人ならともかく、さっき初めて会ったばかりの人と同じ部屋で、それはいくら何でも恥ずかしすぎる。
「すみません……、そこの棚に置いてあったものですから、つい。それでは私の部屋着でもいいですか。アスハ社長が宜しければ、ですけど」
カガリの反応に気が付いたのだろう、申し訳なそうにアスランが詫びる。
その姿に、カガリはさらに気まずい思いを募らせた。
紳士なアスランに対して失礼な態度を取ってしまった。
「では、お言葉に甘えさせて頂いてもいいですか」
カガリが消え入りそうな声で言うと、アスランは柔和な笑みを浮かべた。
「もちろんです。着替えを持ってきますね」
アスランの部屋着に腕を通したカガリがバスルームから出ると、アスランはリビングルームのソファに腰かけており、正面にカガリを座らせた。
二人の間にあるソファテーブルにはワインが置かれており、アスランはそれをワイングラスに注ぎカガリにそっと渡してくれた。
「先ほどは最後まで飲めなかったので」
「すみません、私のせいで」
「いいんです、その代わりこうして二人でアスハ社長とお酒が呑めるんですから」
アスランの優しさに、カガリの胸がきりりと痛む。
アスランは本当にカガリとの会話を楽しんでいるように見えた。
しかし自分は世間話や昔話をしにきたのではなく、融資を頼みに来たのだ。
グラスをテーブルに置き、きゅっと部屋着のズボンを握ると、ふわりと品のいい香りがした。
彼と同じ、優しく柔らかい香りにカガリは意を決し、頭を下げた。
「実は私、ザラ取締役にお願いがあって参りました」
そう口にすると、言葉は次から次へと出てきた。
火の車であるアスハ・コーポレーションの内情。
必ず立て直すという意思と熱意。
その為にどうか力を貸してほしいということ。
ありとあらゆる取引先に頼むも断られ、それでも何十回も口にしてきた言葉。
しかし、カガリの懇願に手を差しのばしてくれる人はいなかった。
アスラン・ザラもきっとそうだろう。
少し困ったような顔で依頼を断る彼の姿を想像して、心が痛む。
親切な彼を困らせたり、したくはないのに。
そんな心苦しさと情けなさで、カガリは話し終わった後も彼の顔を見られず、ずっとソファテーブルの脚を見つめていた。
そうしてしばらく沈黙が二人を包んでいたが、やがて頭を下げたカガリにアスラン・ザラの声が降ってきた。
「いいですよ、その融資のお話お受けします」
「えっ…?!」
予想だにしない答えに、カガリは勢いよく顔をあげた。
「総額はざっとおいくらですか」
整った顔に薄い笑みを浮かべるアスランに、カガリは呆然としながら金額を伝える。
「分かりました。その倍の額、アスハ・コーポレーションに出資しましょう」
「はっ?!」
洗練された仕草でグラスを口に運ぶアスランを、信じられないという目でカガリは見つめた。
「えっと……、でも……、あの……」
「何ですか?」
「そんな、正気ですか……、それとも冗談?アスハに本当に投資するなんて……」
「私は正気ですよ。それに冗談も言いません。面白い方ですね。アスハ社長ご自身が私に依頼されたのに、その言いぐさはないでしょう」
アスランは手に持っていたグラスを、そっとソファテーブルに置いた。
「すみません……、びっくりしてしまって。まさか本当に……」
「そんなに驚かれなくてもいいのに」
くすくすと笑うアスランに、カガリは恐る恐る尋ねた。
「もし……、返せなかったら?」
「そのときは、君に結婚してもらおうかな」
寝室に以外にリビングルームとキッチンがついており、自炊が出来るようだが、使われている形跡はほとんどなかった。
「何故ホテルでお暮しになっているんですか」
広々とした部屋を眺めながら、カガリは尋ねた。
名門ザラ家だ、豪華な自宅は市内にあるはずで、わざわざホテルを借りる必要はないように思えた。
「父と折り合いが良くなくて、家はあまり居心地が良くないんですよ」
「お父様と……」
それきり言葉が続けられなかった。
不躾な質問をした気がして、何となく気まずくなったカガリは目を伏せる。
アスラン・ザラがザラ・ホールディングスの総締めである父親と不仲だというのは初耳だった。
完璧で非の打ちどころのないように見えるこの男でも、そういう部分があるのか。
「アスハ社長、シャワールームはこちらです」
僅かだが、気まずい空気を打破するように、アスラン・ザラはカガリをシャワールームに案内した。
「バスタオルは洗面台にありますから。乾燥機はその隣です。使い方は分かりますか」
「はい……」
「スーツが乾くまでの代わりの服は、外商に用意させますから。なにか希望はありますか」
「えっ、大丈夫です。そんな外商なんて」
外商自体はカガリもたまに利用するが、アスランに呼んでもらうとなると話は別だった。
ただでさえこんなことになっているのだ、これ以上の迷惑は掛けられない。
「乾くまでバスルームで待っていますから大丈夫です。本当にご迷惑をおかけして申し訳ありません」
顏を紅くしてカガリは頭を下げた。
アスラン・ザラに融資のお願いをするはずが、一体なにをやっているのだろう。
自分の情けなさに涙が出そうだった。
「でも着替えがないと困りますよね、では、そこにあるバスローブでも良いですか」
「えっ……」
ホテルの一室でバスローブだなんて何だかいやらしく、思わず目を丸くしてしまった。
恋人や友人ならともかく、さっき初めて会ったばかりの人と同じ部屋で、それはいくら何でも恥ずかしすぎる。
「すみません……、そこの棚に置いてあったものですから、つい。それでは私の部屋着でもいいですか。アスハ社長が宜しければ、ですけど」
カガリの反応に気が付いたのだろう、申し訳なそうにアスランが詫びる。
その姿に、カガリはさらに気まずい思いを募らせた。
紳士なアスランに対して失礼な態度を取ってしまった。
「では、お言葉に甘えさせて頂いてもいいですか」
カガリが消え入りそうな声で言うと、アスランは柔和な笑みを浮かべた。
「もちろんです。着替えを持ってきますね」
アスランの部屋着に腕を通したカガリがバスルームから出ると、アスランはリビングルームのソファに腰かけており、正面にカガリを座らせた。
二人の間にあるソファテーブルにはワインが置かれており、アスランはそれをワイングラスに注ぎカガリにそっと渡してくれた。
「先ほどは最後まで飲めなかったので」
「すみません、私のせいで」
「いいんです、その代わりこうして二人でアスハ社長とお酒が呑めるんですから」
アスランの優しさに、カガリの胸がきりりと痛む。
アスランは本当にカガリとの会話を楽しんでいるように見えた。
しかし自分は世間話や昔話をしにきたのではなく、融資を頼みに来たのだ。
グラスをテーブルに置き、きゅっと部屋着のズボンを握ると、ふわりと品のいい香りがした。
彼と同じ、優しく柔らかい香りにカガリは意を決し、頭を下げた。
「実は私、ザラ取締役にお願いがあって参りました」
そう口にすると、言葉は次から次へと出てきた。
火の車であるアスハ・コーポレーションの内情。
必ず立て直すという意思と熱意。
その為にどうか力を貸してほしいということ。
ありとあらゆる取引先に頼むも断られ、それでも何十回も口にしてきた言葉。
しかし、カガリの懇願に手を差しのばしてくれる人はいなかった。
アスラン・ザラもきっとそうだろう。
少し困ったような顔で依頼を断る彼の姿を想像して、心が痛む。
親切な彼を困らせたり、したくはないのに。
そんな心苦しさと情けなさで、カガリは話し終わった後も彼の顔を見られず、ずっとソファテーブルの脚を見つめていた。
そうしてしばらく沈黙が二人を包んでいたが、やがて頭を下げたカガリにアスラン・ザラの声が降ってきた。
「いいですよ、その融資のお話お受けします」
「えっ…?!」
予想だにしない答えに、カガリは勢いよく顔をあげた。
「総額はざっとおいくらですか」
整った顔に薄い笑みを浮かべるアスランに、カガリは呆然としながら金額を伝える。
「分かりました。その倍の額、アスハ・コーポレーションに出資しましょう」
「はっ?!」
洗練された仕草でグラスを口に運ぶアスランを、信じられないという目でカガリは見つめた。
「えっと……、でも……、あの……」
「何ですか?」
「そんな、正気ですか……、それとも冗談?アスハに本当に投資するなんて……」
「私は正気ですよ。それに冗談も言いません。面白い方ですね。アスハ社長ご自身が私に依頼されたのに、その言いぐさはないでしょう」
アスランは手に持っていたグラスを、そっとソファテーブルに置いた。
「すみません……、びっくりしてしまって。まさか本当に……」
「そんなに驚かれなくてもいいのに」
くすくすと笑うアスランに、カガリは恐る恐る尋ねた。
「もし……、返せなかったら?」
「そのときは、君に結婚してもらおうかな」