ご利用は計画的に
案内されたのはホテルの最上階にある会員制のレストランだった。
ザラ・ホールディングスの後継者である彼は、広く顔が知られているのだろう。
マスターは何も言わずに二人を個室に案内し、おかげで周りの目を気にすることなく食事をすることが出来た。
アスラン・ザラはとても穏やかな人だった。
自分の立場を考えれば、どうしたって萎縮してしまうカガリに気を使って色んな話題を振ってくれる。
それも好きな本や食べ物など、仕事に関係の無い話ばかりだ。
アカデミー時代のアスラン・ザラは、皆から注目される割に愛想が無く感じの悪い人という印象だったので、カガリは少し意外に思った。
もしこれが、只の友達としての食事だったら、きっと楽しめていたに違いない。
「何だか、今こうしてお話しているのが不思議ですね」
アスラン・ザラが表情を綻ばせて、まじまじとカガリを見つめた。
「え?」
「アカデミーでは全く話す機会が無かった」
「ああ……」
カガリは視線をナイフに落とした。
「一度も同じクラスになりませんでしたもんね。でも、私はザラ取締役のこと存じ上げてましたよ」
彼は、著名人の子息が集めるアカデミーの中でも、ずば抜けて有名人だった。
「えっ、何故ですか?お話したこと一度もありませんでしたよね」
自分が目立っていたという自覚がないのか、アスラン・ザラは驚いたようだった。
「ザラ社長は品行方正で、とても優秀でいらしたから。同級生で知らない人はいないと思いますよ」
「俺はそんな立派な人間じゃないですよ」
賛辞の言葉は多く浴びせられてきているはずなのに、そう言って苦笑する。
その謙虚さを、カガリは好ましいと思った。
生まれも能力も一流なのに、彼には偉ぶったところが全く無かった。
「そろそろデザートを頼みましょうか」
メイン料理を終え、彼が差し出してくれたメニュー表を受け取ろうとした時だった。
「あっ」
いつ融資の話を切り出そうか伺っていたからだろうか、つい動作が疎かになり、カガリの右手がワイングラスに当たってしまった。
「アスハ社長、大丈夫ですか」
「大丈夫です……」
思わず腰を浮かせたアスラン・ザラにそう答えたものの、カガリのパンツスーツの太もも部分には染みが出来ていた。
「零れてしまいましたね。すぐ洗わないと染みになってしまう」
大丈夫と言ったのに、アスラン・ザラは椅子から立ち上がり、カガリの横に膝舞づいていた。
そればかりか、彼はナプキンでカガリのズボンを拭こうとして、カガリは慌ててその手を止めた。
「お気遣い無く。本当にこれくらい大丈夫ですから!」
アスラン・ザラに何をさせているのか。
自分の鈍くささに泣きそうになりながら、彼の手を避けるようにカガリは身を捩った。
個室なのが仇となり、ウェイターがカガリの惨事に気が付くことも無く。
「早く洗わないと染みになってしまう」
「化粧室で洗いますから大丈夫です。というか、別にスーツの一枚くらい気にしませんから!」
「私が気にします。アスハ社長をこのまま帰すわけにはいきません」
彼はフェミニストなのか、全く引かなかった。
「私の部屋に案内するので、そこで洗って下さい」
「部屋?」
「ええ。私はここのホテルが仮住まいなんです。シャワーもありますから、洗いやすいでしょう」
アスラン・ザラはホテル住まいとは初耳だった。
さすが、ザラ・コーポレーションの重役だけある。
「そんなご迷惑かけられません」
「アスハ社長ともあろう人が、そんなスーツで外を歩いてはいけませんよ」
「ですが……」
ホテルの一室で男女二人きりはまずいのではないだろうか。
困惑してアスラン・ザラの顔を覗き込むと、彼は真剣な顔をしていて、邪な考えなど微塵も持っていないようだった。
「アスハ社長」
促すアスラン・ザラの声には色めいた響きも無く。
こんなことになってしまって、融資を切り出すタイミングも逸してしまった。
一旦間を置き流れを変えた方がいい。
「分かりました……。それではお言葉に甘えてシャワーをお借りしてもよろしいでしょうか」
ザラ・ホールディングスの後継者である彼は、広く顔が知られているのだろう。
マスターは何も言わずに二人を個室に案内し、おかげで周りの目を気にすることなく食事をすることが出来た。
アスラン・ザラはとても穏やかな人だった。
自分の立場を考えれば、どうしたって萎縮してしまうカガリに気を使って色んな話題を振ってくれる。
それも好きな本や食べ物など、仕事に関係の無い話ばかりだ。
アカデミー時代のアスラン・ザラは、皆から注目される割に愛想が無く感じの悪い人という印象だったので、カガリは少し意外に思った。
もしこれが、只の友達としての食事だったら、きっと楽しめていたに違いない。
「何だか、今こうしてお話しているのが不思議ですね」
アスラン・ザラが表情を綻ばせて、まじまじとカガリを見つめた。
「え?」
「アカデミーでは全く話す機会が無かった」
「ああ……」
カガリは視線をナイフに落とした。
「一度も同じクラスになりませんでしたもんね。でも、私はザラ取締役のこと存じ上げてましたよ」
彼は、著名人の子息が集めるアカデミーの中でも、ずば抜けて有名人だった。
「えっ、何故ですか?お話したこと一度もありませんでしたよね」
自分が目立っていたという自覚がないのか、アスラン・ザラは驚いたようだった。
「ザラ社長は品行方正で、とても優秀でいらしたから。同級生で知らない人はいないと思いますよ」
「俺はそんな立派な人間じゃないですよ」
賛辞の言葉は多く浴びせられてきているはずなのに、そう言って苦笑する。
その謙虚さを、カガリは好ましいと思った。
生まれも能力も一流なのに、彼には偉ぶったところが全く無かった。
「そろそろデザートを頼みましょうか」
メイン料理を終え、彼が差し出してくれたメニュー表を受け取ろうとした時だった。
「あっ」
いつ融資の話を切り出そうか伺っていたからだろうか、つい動作が疎かになり、カガリの右手がワイングラスに当たってしまった。
「アスハ社長、大丈夫ですか」
「大丈夫です……」
思わず腰を浮かせたアスラン・ザラにそう答えたものの、カガリのパンツスーツの太もも部分には染みが出来ていた。
「零れてしまいましたね。すぐ洗わないと染みになってしまう」
大丈夫と言ったのに、アスラン・ザラは椅子から立ち上がり、カガリの横に膝舞づいていた。
そればかりか、彼はナプキンでカガリのズボンを拭こうとして、カガリは慌ててその手を止めた。
「お気遣い無く。本当にこれくらい大丈夫ですから!」
アスラン・ザラに何をさせているのか。
自分の鈍くささに泣きそうになりながら、彼の手を避けるようにカガリは身を捩った。
個室なのが仇となり、ウェイターがカガリの惨事に気が付くことも無く。
「早く洗わないと染みになってしまう」
「化粧室で洗いますから大丈夫です。というか、別にスーツの一枚くらい気にしませんから!」
「私が気にします。アスハ社長をこのまま帰すわけにはいきません」
彼はフェミニストなのか、全く引かなかった。
「私の部屋に案内するので、そこで洗って下さい」
「部屋?」
「ええ。私はここのホテルが仮住まいなんです。シャワーもありますから、洗いやすいでしょう」
アスラン・ザラはホテル住まいとは初耳だった。
さすが、ザラ・コーポレーションの重役だけある。
「そんなご迷惑かけられません」
「アスハ社長ともあろう人が、そんなスーツで外を歩いてはいけませんよ」
「ですが……」
ホテルの一室で男女二人きりはまずいのではないだろうか。
困惑してアスラン・ザラの顔を覗き込むと、彼は真剣な顔をしていて、邪な考えなど微塵も持っていないようだった。
「アスハ社長」
促すアスラン・ザラの声には色めいた響きも無く。
こんなことになってしまって、融資を切り出すタイミングも逸してしまった。
一旦間を置き流れを変えた方がいい。
「分かりました……。それではお言葉に甘えてシャワーをお借りしてもよろしいでしょうか」