ご利用は計画的に
挑むような目で、カガリは目の前にそびえ立つ高級ホテルを見上げた。
オーブ育ちのカガリにはあまり馴染の無い、プラントが誇る名門ホテルは固く冷ややかで、カガリの思いを冷たく嘲笑っているかのようだった。
実際、藁にもすがる気持ちでカガリはここまでやってきた。
資金繰りが立ちいかなくなった自社の凋落を何とか踏みとどまらせるため、縋れるものは全て縋ろうと決意したのだ。
オーブにはもうアスハ・コーポレーションに手を差し伸べてくれる企業も団体も無かった。
昨日の経営会議では重役達に最後通告を突きつけられ、もはやアスハ・コーポレーションが破産するのは避けられない事態になっていた。
役員達に叱責されずとも、自社がどうにもならないのはカガリ自身よく分かっている。
けれど、カガリの曽祖父が設立し、父から受け継いだ会社を、自分の代で倒産させるなど耐えられない。
カガリは今年二十八歳になる。
株主総会で社長に就任したのは二年前。
以来、アスハ・コーポレーションの経営が悪化していたこともあり、いくらアスハのたった一人の後継者とはいえ、年端もいかぬ若い女が社長を務めることに、周囲の風当たりは強かった。
それでもがむしゃらにカガリは頑張ってきた。
くやしくて一晩中眠れなかった夜も多い。
己の全てをアスハ・コーポレーションに捧げてきた。
もはや会社は我が子同然。
何とかしなければ、何とか。
昨日の会議の後、カガリは思いつくところ全てに連絡を取った。
何とかならないか、今一度お願いしようと思ったのだ。
しかし当然、カガリに味方してくれる人はもちろん、話を聞いてくれる人さえいなかった。
電話を繋いでもくれないところさえあった。
いよいよ「諦め」という言葉が頭を過ったとき、思い出したのだ。
―――アスラン・ザラのことを。
アスラン・ザラはインターナシャナル・アカデミーの同級生だった。
といっても、クラスは別で接点は全く無かったのだが、カガリは彼のことを知っていた。
このアカデミーには、各国の著名人の子息が集まっており、家柄も勉学も優秀な生徒ばかりだったが、その中でもアスラン・ザラはとりわけ目立っていた。
プラントの一流企業ザラ・ホールディングスの後継者で、抜群の成績と運動神経、そして芸能人顔負けの整った美しい容姿。
アカデミーの女子生徒は、ほとんとアスラン・ザラに憧れていたと言っても過言ではない。
そんなわけで、アスラン・ザラはアカデミーの有名人で、そういうことに興味の無いカガリでさえも知っていたのだ。
その彼がザラ・グループの金融関連会社の取締役になったというニュースを見たのは、カガリが社長に就任したのとほぼ同時期だった。
オーブとプラントは国交関係が無く、二人が同じ企業の頭という立場にいても、これまで関わりは全く無かったが。
カガリは何とかザラ・グループにコネクションのある伝手を探し、アスラン・ザラに連絡してもらうことに成功した。
話したことは無くとも、同じアカデミーの同級生。
万に一つ、可能性があるかもしれない。
会社を救う為なら、ほんの小さな繋がりにさえも縋ってみせる。
そう覚悟を決めると、前を見据え堂々とした足取りで、ホテルのエントランスをくぐった。
1Fにあるのとは違う、高層階に位置するロビー。
プラントの夜景が楽しめるこのロビーはVIP専用で、今ここにいるのはカガリとアスラン・ザラの二人だけだった。
ロビーに入ってきたカガリを見とめると、既に到着していたアスラン・ザラはソファーから上品な身のこなしで立ち上がった。
「お待ちしておりました。アスハ社長」
「時間通りに着いたつもりだったのですが、何分プラントには慣れていないもので、お待たせしてしまって申し訳ありません」
「いえ、時間ぴったりですよ」
アスラン・ザラが柔らかく微笑んだ。
優雅な物腰に、上質なスーツ。
十年ぶりに見る彼は、学生から見事な経営者に変わっていた。
同級生の成長に目を細めつつ、カガリの胸には既に落胆の影があった。
アスハ・コーポレーションに融資したら無意味どころか大損だということを、この優秀な経営者が分からぬはずは無い。
今日どういった用件でカガリがアポを取ったのかも、既に察しているだろう。
彼の口から丁寧に断りの台詞が出てくる様が容易に想像できる。
しかし、駄目元だろうがとにかくお願いしてみるのだとカガリは自分を奮い立たせた。
会社の為だ、形振りかまってはいられない。
「いきなり連絡して申し訳ありません。本日お時間頂けたこと、感謝致します。ザラ取締役もご存じだとは思いますが、実は……」
「アスハ社長、もし宜しければディナーをご一緒頂けませんか。このホテルにお勧めのレストランがあるんです」
「あ、はい……」
すげなく断られると思っていたが、アスラン・ザラの口から出たのは意外な申し出だった。
出鼻をくじかれ、予想外な申し出であるが、今はこちらが圧倒的に下の立場なのだから、カガリに断るという選択肢は無かった。