ご利用は計画的に
「あれはザフトのCEOの跡取り息子ですよ。今は取締役やってて、名前は確か…アスラン・ザラ」
他国に対し排他的なオーブであっても、秘書であり人事に詳しいシンは彼の顏を知っていた。
「俺見るの初めてですけど、何か気取った奴ですね。女に取り囲まれちゃって、まあ確かに顏めっちゃ整ってますけど」
ワイングラスを片手に持ったアスランのもとには、数人の女性たちが集まり、しきりにアスランに話しかけている。
その様子をカガリは息を止めて見つめていた。
そういえば、昨夜アスランはパーティーに招待されてオーブに来たと言っていたが、それはこのパーティーのことだったのか。
アスランがプラントから出向くのだから、それなりに格式のあるパーティーだと分かっていたのに、何故自分は今の今まで気が付かなかったのか。
アスランと公の場で会うことなどないと高を括っていたのかもしれない。
アスランが何か言ったのか、女性たちが華やかな笑い声をあげた。
ザラの後継者であり、秀麗なアスランはさぞかし女性にもてるだろう。
そんなことは分かりきっていたのに、こうしていざその様子を目の当りにすると、ずきりとカガリの胸に痛みが走る。
何食わぬ顔をして彼の横を通りすぎればいいのに、それができない。
公式の場で彼の姿を見たのが初めてだからなのか、足が動かないのだ。
「カガリ」
シンに強い口調で呼ばれて、カガリはぴくりと肩を揺らした。
少しの間無言で突っ立っていたらしい。
シンが苛立った様子で、促した。
「あんな奴のことはどうでもいいだろ。早くロンドのところに」
「アスハ社長」
シンの言葉を遮るように、誰かに呼ばれて振り向けば、このパーティーの主役であるロンド姉弟の弟が立っていた。
向こうから出向いてくれた恰好だ。
「本日はお招き頂き感謝している」
気持ちを切り替えたカガリが恭しく頭を下げると、ロンドはふっと薄く笑った。
「オーブの花であるアスハ社長に来て頂き、我々も感謝しています。貴方のいないパーティー程、つまらないものはないですからね」
融資を断っておきながら、ぬけぬけとカガリを賞賛するロンドに、苦々しい気持ちが湧き上がる。
そんなカガリの気持ちが分からぬはずないロンドだったが、一切触れないことに決めたらしい。
怜悧な笑みを絶やすことなく、二言三言会話をした後、思いついたように言った。
「そうそう、今日は是非アスハ社長にご紹介したい方がいるんです」
そう言って足を向けた先は、あろうことかカガリが一番避けたい相手だった。
「ザラ取締役、こちらはアスハ・コーポレーションのアスハ社長です」
ロンドに連れられてきたカガリに、アスランは僅かに目を丸くしたが、すぐに柔和な笑みを作った。
「アスハ社長、お会いできて光栄です。貴方のお噂は、プラントでもよく耳にします」
そっと差し出された手をカガリは握った。
何の変哲もない仕事用の握手だったが、周りの女性たちの視線が突き刺さる気がして、酷く居心地が悪かった。
「ザラ取締役にはアメノミシハラでお世話になったんです。今日のパーティーでは是非ともと無理やり来て頂いたんですよ。何しろプラントの経済界の若きリーダーなんですからね」
「いえ、そんな私のほうこそロンド専務にお世話になって」
アスランが謙遜すると、ロンドはくすりとカガリに笑みを送った。
「真面目な人柄も良いでしょう。その証拠に彼の周りにはいつも綺麗な女性が集まるんです」
ギナの言葉に、女性たちが一斉に笑った。
その笑い声がひどく頭に響く。
「でも、ザラさんとは一度お話してみたかったんです。実際にお話ししてみると、本当に素敵な方」
うっすらと頬を染める美しい女性を見て、カガリは限界を感じた。
「申し訳ないが、ワインに酔ってしまったみたいだ」
「それはいけない。どこかでお休みに」
「ああ、勝手に休ませてもらうから、気にしなくて大丈夫だ。すまないな、皆は続けててくれ」
アスラン達に背を向けると、ロンドを振り切るようにカガリは足早にこの場を離れた。
これ以上、あの場にいたくなかった。