ご利用は計画的に







翌日、午後から会議を三つ連続でこなし、ハイヤーに乗り込みやっと一息ついたカガリを横目で見ながら、シンはぼそりと言った。

「なんか今日、きびきびしてますね」

「えっ、そうか?」

内心ぎくりとしたカガリの心を読み取ったかのように、勘の鋭い秘書は紅い瞳を細めた。

「何かいいことでもあったんすか」

咄嗟に口を噤むカガリの後ろを、オーブの市街地が通り過ぎていく。

「嬉しいこととか」

畳み掛けてくるシンから、カガリはわざと怒ったように顔を背けた。

「そんな、あるわけないだろ、大体いつも私はきびきび立ち振る舞っているはずだぞ」

じりじりと頬に鋭い視線を感じたが、カガリは頑としてシンに視線を合わさないように努めた。
嬉しいことと言われて、昨夜のことを思い出す自分がひどく後ろめたい。

「だからたまには甘えていいんだ」

温かな大きい手とともに、アスランの声が蘇る。
アスハの後継者として、幼いころから帝王学を学んだカガリは、もっと努力をしろと言われることはあっても、甘えていいなどとは今まで誰からも言われたことがなかった。
男社会の中、一人肩を張って生きてきたのに。
昨晩アスランから言われた言葉は、カガリ自身目を背けていた心の隙間を優しく包み込んだ。
アスランから醸し出される言葉も視線も空気を優しくて、月のさわりであったにもかかわらず、カガリは深い眠りに落ち、朝まで目を覚まさなかった。
こんなことは初めてで、目覚めたときカガリは一瞬自分がどこにいるのか分からなかったが、もう起きていたらしいアスランの美しい顏がすぐ傍にあって、瞬時に状況を悟った。
アスランはカガリが眠りにつくまで、ずっと腰をさすっていてくれたらしい。
貴重な逢瀬を台無しにしたのに、アスランはカガリが起きるなり、気遣う様に体調を尋ねてきた。
労わられて恥ずかしいのに、どこか甘い気持ちになったのは一体どうしてなのだろう。

「今日はこれからサハクのとこの、八十周年記念パーティーですけど、覚えてます?」

カガリを深追いすることは諦め、シンは次のスケジュールに話題を移した。
オーブではアスハと二大勢力であるサハク財閥の中でも一番大きな商社が、今月創業八十年を迎える為、大規模なパーティーが開かれるのだ。

「一回、屋敷に戻ってドレスに着替えてもらいますから」

気の進まないパーティーだが、アスハと親交の深いサハクのところに顔を出さないわけにはいかない。
それにアスハが経営難のときも助けてくれなかったサハクに、堂々挨拶してやるのも一興だろう。

「それ、似合うじゃん」

召使に連れられ、ハイヤーに戻ってきたドレス姿のカガリを見て、シンはぼそりと言った。

「本当か?サハク姉弟に会うんで、それなりにしていかないとと思ってさ。アスハが立て直したこと、ちゃんと印象づけないとな」

カガリが身に着けているのは、シンプルな緑色のドレスだ。
しかしそれがかえって、カガリの身体の美しさを引き立てている。
凝ったデザインではないが、素材もシルエットも選び抜かれた極上品だ。
カガリの気品ある姿に満足したのか、シンの機嫌も良くなっていた。
パーティー会場に到着したときは既に八時を回っており、多くの招待客で賑わっていた。
さすがサハク家のパーティーというだけあって、招待客の顔ぶれも豪華で、著名人や社会的地位のある人ばかりだ。
以前こういう場では、アスハ家の姫であり現当主のカガリには、わっと人が群がってきたものだが、経営破綻問題があった為、皆遠巻きにしており近づいてくる者はいない。
融資を断った者も大勢おり、気まずいのだろう。
そんな会場の空気をもろともせず、カガリはドレスの裾を軽やかに揺らしながら堂々と会場を歩いていく。
もともと今日は、サハクに挨拶するだけの為に来たようなものだ。
周りの目など、どうだってよかった。
その堂々とした様子がますますカガリを美しくみせ、斜め後ろにつくシンは誇らしかったが、突然カガリの愛がぴたりと止まった。
サハクを見つけたのだろうか。
怪訝に思いながらシンがその視線の先を伺うと、恐ろしく人目を引く秀麗な男がいた。
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