ご利用は計画的に
エレベーターを降り、予め伝えられていた部屋番号を確認して、カガリはそっとインターホンを押した。
初めのうちは指が震えたものだが、さすがに今はそこまで緊張しなくなった。
とはいえ、ロックを解除しそっと扉を開けてくれるアスランに、どうしても身体は強張ってしまう。
「入って」
柔らかく目を細める彼に、カガリはますます身体を固くさせながら、するりと部屋に入った。
オーブの中心地に位置する格式あるホテルの最上階だけあって、レースのカーテンの向こうには美しい夜景が広がっている。
「君とオーブで会うのも変な感じだな」
カガリをソファに座らせると、アスランはルームサービスで既に頼んでいたらしいワインをグラスに注ぎ、カガリに手渡した。
与える者と与えられる者。
そこには明確な上下関係があるはずだが、アスランはさも当然のようにカガリを淑女のように扱う。
そればかりか事後になると、アスランはカガリの世話を焼きたがった。
カガリも男女の交わりに慣れないうちは、ベッドでぐったりしていて、何が何だか分からない状態だったので、アスランがカガリを労わるのも仕方のないことだったのかもしれない。
しかし今でも、カガリが自分で出来ると主張しても、アスランは甲斐甲斐しくカガリの世話をするのだった。
アスランの注いでくれたワインはよく冷えていたが、カガリは一口でグラスを置いた。
「ザラも遂にオーブに進出か」
密会はいつもアスランの居住であるプラントのホテルだったが、オーブに行く機会があるからと、今回アスランはオーブのホテルを指定してきた。
「そんなんじゃない。知人が主催するパーティーがあって、どうしても出席してくれって頼まれたんだ」
「シャワー浴びてくる」
アスランのことなど興味は無いというように、カガリはすっくと立ち上がった。
アスランにわざと冷たい態度を取って、彼を傷つけたいという気持ちはもちろんあったが、契約で結ばれた関係なのだと、自分自身に改めて思い出させる為に取った行動だった。
嫌いな相手でも、何度も身体を重ねれば情が沸く。
しかもアスランはカガリに驚く程優しい。
シンをはじめ、側近達から感情に振り回されるなと注意されるカガリである。
契約の範疇を超えた感情が芽生えてしまいそうな自分が怖く、カガリはますますアスランに冷たい態度を取った。
先にシャワーを浴びたカガリが、ソファでぼんやり座っていると、アスランがバスルームから出てきた。
バスローブから覗く、陶器のような白い肌と、引き締まった身体に、カガリは一瞬目を奪われ、慌てて目を逸らした。
アスランの身体は何度も目にしているし、肌で感じてもいるのに、胸が高鳴ってしまう自分に戸惑ってしまう。
人の美醜にこだわらないカガリだったが、やはりアカデミーで羨望の的だったアスランの容姿には並外れた魅力が備わっているのか。
「カガリ、待たせたな。身体、冷えてないか」
「ああ」
アスランが洗練された身のこなしでカガリの隣に腰を下ろすと、そっとカガリの手を取った。
「少し、冷たいな」
「そんなことない」
「そうかな」
アスランのもう片方の手が、そっとカガリの頬に触れ、カガリが顏を上げると、瞬間唇を塞がれた。
数回軽く啄んで、唇はすぐ離れたが、アスランのエメラルドはまだすぐ傍にあった。
「カガリ、会いたかった」
「んっ……」
今度は深いキスだった。
前哨のような口づけに酔いながら、カガリはぼんやりとアスランの目的は何なのか考えていた。
カガリにとって、融資の為にアスランに身体を暴かれるのは耐えがたい屈辱だったが、カガリを抱いたところで、アスランには何の特も無い。
彼ほどの男であれば、どんな美女も引手数多で、何もカガリを抱いて欲を発散することもないだろう。
それとも屈辱に染まるカガリを見て、優越感に浸りたかっただけなのか。
しかし、アスランはそんな人ではないと、カガリが既に分かっていた。
「カガリ」
口づけを解かれ、ベッドへ連れて行こうと、アスランがカガリの身体に手を回したときだった。
「あ……っ、ちょっと待て」
身体の内部から、あの感覚がして、カガリは慌てて立ち上がり、洗面所に走った。
果たして、カガリの予感は的中した。
「カガリ、具合悪いのか」
白い顏をして戻ってきたカガリを、心配げに見つめるアスランに、カガリは首を振った。
「いや、あの……、今日はちょっと無理みたいだ」