ご利用は計画的に
経営破綻が確実とされていたアスハ・コーポレーションが持ちこたえ、業績を徐々に回復させていることは、経済界を大いに驚かせた。
「けど、何でジブラルタルバンクがうちに融資してくれることになったんですかねえ」
社長室のある最上階へと向かうエレベーターの中は、カガリと社長秘書であるシンの二人きり。
皆の前では小難しい顔をしている若手社員も、カガリと二人きりになると、途端に年相応の顏へと変わる。
大企業の社長に対する態度とはとても思えないが、それが彼とカガリの信頼関係を表していた。
シンの両親は揃ってアスハ・コーポレーションの従業員であり、父親の方は引退するまで役員を務めていた為、カガリとシンは幼少のころから顏見知りなのだ。
「さあな」
シンの問いに応えず、カガリはエレベーターの扉を見つめる。
アスランと秘密の契約をしてから、半年が経つ。
彼は約束通り、アスハ・コーポレーションに融資をしてくれた。
それもザラの名が表に出ないよう、巧妙に幾つものバンクを通して。
シンをはじめ、ユウナ達役員も誰ひとり気が付かないのも無理はない。
そして、あの秘密の契約も、静かに遂行されている。
当初は月三回という約束だったが、カガリが会社を立て直すのに奔走し、自由な時間がほとんど無かった為に、月に一度へと変更になった。
だから、既に彼には五回抱かれている。
そして、今日。
高いベルの音が鳴り、エレベーターが開く。一般社員は立ち入り禁止の最上階のフロアだ。
「これでアスハも取りあえず何とかなりそうだし、次の異動で俺を第三営業部に回してくださいよ。俺、入社時からずっと営業か駐在希望してるんですから」
「考えておく。でも決定権は人事部長だからな」
後ろで軽口を言うシンを従え、何重にも施された社長室のロックを解く。
「で、今日はもう何も予定ないんで、帰りのハイヤー、呼びますね」
ちょっとした雑務と、書類に目を通し、時計を見れば夜の八時だった。
本来であれば取引先と会食や打ち合わせがあるのだが、今日はわざと何も予定をいれなかったのだ。
「すまない、今日は一人で帰る」
「えっ」
ハイヤーに内線をかけたシンが僅かに目を見開く。
社長の第一秘書は基本、社長宅まで同行すると決まっている。
シンは当然今日もいつも通り、アスハ邸まで付き従うつもりだったはずだ。
「今日は古い友人と会うから、お前も一緒に上がりでいいぞ。同期の飲み会にでも行って来いよ」
「古い友人って誰なんですか」
詮索されたくなかったのに、シンは鋭い目でカガリを見据えてきた。
態度もどことなく強気で、顏には出さずともカガリは心の中で焦った。
「お前の知らないやつだ」
「社長の交友関係はほとんど把握しております。どなたとお約束があるんですか」
「最近出来た知り合いだ。私が誰と会おうと私の勝手だろ」
隣室にまだ残っている第二秘書の手前、シンはそれ以上突っ込んではこなかったが、社長専用の駐車場へ向かうエレベーターの中では一言も声を発さず、重い沈黙が落ちた。
「それでは、本日はお疲れ様でした」
礼をしながらも、明らかに気分を害しているシンにカガリが軽く手を上げると、ゆっくりとハイヤーが発進する。
上質な革のシートにもたれ掛り、カガリは目を閉じた。
隠し事をするのは、何て疲れるのだろう。
仕事のことなら上手くやれるのに。
そっと目を開けると、ミラー越しに運転手と目が合った。ウズミの代から運転手を務めてくれているベテランだ。
そんな彼に、極力何事もないように、カガリは行先を告げた。
「ホテル・オノゴロまで行ってくれ」