夜明け

「おいっ!あんたこんな時間まで何してるんだよ」

深夜、眠れなくて外の風に当たろうと部屋を出たシンは、カガリの部屋に明かりがついているのに気が付いた。

「明日は早朝から会議なんだぞ!何考えてるんだよ」
「ああ、悪い。その会議の資料を読んでいた。もうこんな時間か」

シンがカガリの私設秘書になってから二か月が経っていた。
ザフトには戻らず、オーブに残るといったシンにルナマリアとメイリンは驚いたが、シンが決めた道なら応援すると言ってくれた。
二年前、オーブの戦火のなか、シンは何もできず家族を失った。
シンの中でカガリを憎いと思う気持ちはまだ消えない。

それでもシンはオーブの中枢に関わることができて嬉しかった。
けれど・・・


「もういいから早く寝ろよ!」

苦笑するカガリから資料を奪う。
この二か月カガリは働き詰めだった。
休息の時間も食事の時間も削って代表の仕事をこなしていて、睡眠時間だって平均三時間程度。
シンが今日みたいに深夜まで仕事をしているカガリを怒鳴りつけることだってしょっちゅうだった。

「分かった。シン有難う。」

「あんたの為じゃない。あんたが倒れたりしたら秘書の俺の責任になるし、周りに迷惑をかける。少しは考えろよ」

「そうだな・・。すまない」

「電気けすから。絶対もう資料触るなよ」

そう言って、電気パネルを押して乱暴にドアを閉めた。
真っ暗な廊下を歩きながら、シンの頭のなかには「すまない」と言ったカガリの顔が浮かんでいた。
申し訳ないという風に眉を下げて笑うカガリは、そのまま消えてしまいなくらい儚かった。

きつい言葉ではなく優しい労いの言葉をかけていれば良かったと無意識にシンは思っていた。




オーブで行われた地球各国との首脳会談が終わったのは11時過ぎだった。
カガリはそれから各ホテルに戻る首脳たちを見送って、控え室で待つシンのもとに戻ってきたのは日付が変わるころだった。

「すまない。会議が伸びて遅くなった。」

「もうこんな時間です。明日も朝からスカンジナビアの大使と会談だし、帰りましょう。」

仕事中はカガリに敬語を使うようにシンは心がけていた。
もっぱらそれが普通なのだが、カガリがその必要はないと言ったのだ。
どんな時お前らしくしていればいいと。
けれど必要以上にカガリと馴れ合いたくないという気持ちからシンはその申し出を無視した。まあ、アスハ邸では乱暴な言葉使いをするけど。もともと敬語は性に合わないのだから。

カガリに背を向けて控え室のドアを開け、カガリに出るように視線を促そうとしたときだった。
不意に重みを背中に感じた。
カガリに背後から抱きつかれていると気が付いた瞬間、弾けるように振り向いた。

「な?!あんた!・・・って・・!おい!」

カガリがそのままシンの体に沿って崩れ落ちていく。
慌てて体を支えようとしてカガリの体が燃えるように熱いことに気が付いた。

「ちょっ・・!あんた!すごい熱・・!」

浅い息を繰り返すカガリはとても苦しそうで、シンは慌ててカガリを横抱きにして車に戻った。

「疲労からくる風邪ですね。大分無理をされていたようです。まあ薬を飲んでしっかり休んでいれば一週間程度で回復されますよ」

医者の診察を終え、乳母のマーナや召使たちも部屋に戻った後、カガリの苦しそうな呼吸の音だけがひびく部屋で、シンはカガリの顔を見つめていた。

高熱で苦しそうな白い顔。

立っているのも辛かったはずなのに、こんな体で首脳会談のホストを・・。しかも誰にも高熱だと悟られることもなく。

自分だって、カガリが倒れるまで、彼女の体の異変に全く気が付かなかったのだ。


「だから無理するなって・・」

自業自得だ。

カガリの顔を見ながら苦々しくつぶやいた。

でもその声音とは違う色の感情がシンの心のなかで渦をまいていた。

<アスハはまだ18歳のナチュラル>

こいつはその細い体にオーブの全てを背負っている・・。
必死にオーブを導こうとしている・・。こんなになるまで。
悪意や駆け引きの渦巻く会議室で、自分より優に三倍は生きている官僚たちの中でたった一人で代表としての役割を果たしているのだ。

そんなことシンは分かっているつもりだった。
彼は私設秘書として、いつもカガリの傍にいるのだから。
けれど、高熱に侵されるカガリの苦しそうな顔を見て、初めてカガリの重責を、カガリの立場を実感した。
カガリを横抱きにしたときの感覚がまだ腕に残っていた。

細い華奢な体だった。
力をこめれば折れてしまいそうな・・。

シンの心に暖かな不思議な感情が生まれつつあった。けれど、それが何なのか、シンにはまだ分からなかった。





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