アスラン・ザラと秘密の乙女
ボンッという破裂音とともに、閃光が走った瞬間、アスランは経験したことのない、気味の悪い感覚に襲われた。
身体が思うように動かなくなり、ぐにゃぐにゃとこねくり回されるような奇妙な感覚。
(何だ・・これ!!)
それは一瞬のことだったのだけど、アスランには随分と長く感じられて、やっと身体の感覚が戻ってきたときは心底ほっとしたのだが。
(一体カガリは何の魔法を使ったんだ?)
そう思って、いまだに涙が滲む目で、正面に座るカガリに視線を向けると、カガリもまた唖然とした顔でこちらを見ていた。
いや、見ているというよりは、凝視していると言った方が正しい。
「カガリ、どうしたんだ?」
固まったカガリに声を掛けたアスランだったが、口から出てきたのは聞き覚えのない声だった。
自分のものよりも、ワントーン程高い声。
「えっ?えっ?」
「アッ・・アスラン・・私・・」
状況が掴めず混乱するアスランを呆然と見つめていたカガリの顔が、ピクピクと動き出した。
「カガリ・・君は一体・・」
「あーはっは!傑作だね、ザフトのアスラン・ザラ君!」
突如聞こえてきた第三者の声。
アスランが勢いよく顔を向けると、そこに立っていたのはSEED魔法学校一の有名人。
「キラ・ヤマト・・!」
苦々しげに呟いたアスランの声はしかし、か細く儚げで、キラはますます可笑しそうに笑いころげ、アスランはキラを睨み付ける瞳になお一層力を込めた。
アークエンジェルとザフトは犬猿の仲だ。
二つの寮の仲の悪さは、四つの寮のなかで群を抜いて目立っている。
そしてキラとアスランは、それぞれアークエンジェルとザフトのカリスマ的人気を誇る寮生で、互いに宿敵同士なのだった。
「キラ・・これはどういうことだ!次のSEED杯で優勝できるおまじないを教えてくれたんじゃなかったのか?!」
キラの登場に面食らっていたカガリだったが、気を持ち直したのか、問いただすように叫んだ。
「ごめん。カガリ。でもカガリが悪いんだよ。ザフトの寮生・・それもよりにもよって、アスラン・ザラとこんなところで密会してるなんて」
「お前、私を騙したのか!?」
「ちょっと待て!カガリは一体何の魔法を使ったんだ?!」
キラとカガリの言い争いのなかに、アスランが割って入った。
気になって気になってしょうがなかった。
先ほどカガリが唱えた呪文は、魔法に詳しいアスランでも、知らない呪文だった。
しかしアスランの必死な叫びを、キラは丸無視した。
「カガリったら、僕に秘密なんて作って。そんな悪い子に育てた覚えはないよ」
「だからってこれは酷過ぎる!アスランが女の子になっちゃうなんて!!」
怒りを滲ませたカガリの叫び。
それを聞いた瞬間、アスランの身体に衝撃が走った。
「お・・女の子・・?」
「あれ、君、気が付いてなかったの?自分が女の子になったって。じゃあ、教えてあげるよ」
アスランのかすれた呟きに、キラは目ざとく気が付いて、さも愉快げに取り出した杖を振ると、巨大な鏡を出現させた。
「・・・っ!」
その鏡に映る自分の姿に、アスランは目を見張った。
いや、映っているのは本当に自分なのだろうか。
「嘘・・だろう・・」
鏡の向こうにいるのは、背中まで伸びた濃紺の髪に、緑色の瞳をした女の子だった。
「キラ!!アスランをもとに戻せよ!今すぐにだ!そしたら許してやる!」
あまりの衝撃にキラに詰め寄るカガリの声も、どこか遠くに聞こえる。
「駄目だね。僕のカガリに手を出そうとした罰だ」
「アスランはそんな奴じゃない!」
「男はみんなそういう生き物なんだ。特にアスラン・ザラみたいな、普段はすました優等生が一番危ないんだから」
「どうでもいいから早く何とかしろよ!!」
二人のやり取りをどこか遠くで聞きながら、呆然と鏡のなかを見つめていたアスランだったが。
やがて、ふつふつと怒りが湧き上がってくる。
キラ・ヤマト。
アークエンジェルのスターで、クッディッチのライバル。
気に入らない奴だと思ってはいたが、まさかここまで最低な人間だとは思わなかった。
「キラ・ヤマト!!今すぐ俺をもとに戻せ!こんなこと、許されると思っているのか?!」
アスランは、カガリと言い争いをしていたキラの襟元を、むんずと掴んだ。
「ふん。色ボケしてた君が悪いんだ。自業自得だよ」
「ふざけるな!!」
「それに僕は、この魔法を解く呪文を知らないんだ。古い書簡でたまたま見かけた魔法だったからね」
「何だと?!」
悪びれもなく笑うキラに、アスランは襟元を掴む手に力を込めた。
しかし細腕ゆえに、簡単に振り払われてしまう。
「貴様・・」
「君、結構美人じゃない。そんな目で睨まないでよ」
小馬鹿にしたように、アスランを鼻で笑ったキラだったが。
「アスランの言うとおりですわ、キラ」
透明感のある可愛らしい声が部屋に響いて。
「ラクス!」
気が付くと、キラとアスランの間に桃色の髪をした美少女が立っていた。
緊迫した空気にそぐわない、明るい笑みを浮かべながら。
「お邪魔しますわね、アスラン」
可愛らしくアスランに会釈をしてから、ラクスはキラに向き合うと。
「確か、こうでしたわね。バリアント、アプシーセン」
キラの鼻先に杖を突きつけ、歌うように言った。